男は親友の娘を週に3回バレエ教室まで送り届けていた――しかしある日、バレエの先生が少女の母親に投げかけた質問に、母親は血の気が引いた。

夫の親友が、16歳の娘を週に3回、夕方のバレエレッスンまで車で送ってくれると申し出たとき、娘は大喜びした。

自宅からスタジオまでは車で1時間近くかかるため、彼の申し出は信じられないほど親切なものに思えた。

ところが、1か月もしないうちに、かつてキッチンで楽しそうに踊っていた娘は、まったく練習しなくなってしまった。

夕食のときも、ほとんど口を開かない。

バレエシューズはバッグの中にしまわれたまま。

レッスンについて尋ねると、娘は決まって不機嫌になった。

私は、疲れているのだろうと思った。あるいは、思春期によくある感情の揺れに悩んでいるのかもしれないと。

そんなある午後、私は何の連絡もせず、娘の通うダンススタジオを訪れた。

すると、インストラクターが心配そうな表情で私を見つめた。

「ベネットさん、娘さんはもう2週間近く、一度もレッスンに参加していません。ご両親は、娘さんには続けるほどの才能がないと考えている、と本人から聞きました」

私は彼女を見つめたまま、言葉を失った。

そんなこと、一度も言ったことはない。

私は毎日オードリーを励まし、レッスン料も払い続けていたのだ。

その後、私は自動販売機のそばに一人で座っている娘を見つけた。

なぜ踊るのをやめてしまったのかと尋ねると、娘は涙を浮かべながら私を見上げた。

「だって、デレクが言ったの。ママもパパも、私のことを恥ずかしいと思ってるって。私にバレエをやめてほしいけど、自分たちからは恥ずかしくて言い出せないんだって……」

一瞬で血の気が引いた。

デレクは夫が最も長く付き合ってきた親友だった。

私たちが、娘を安全にレッスンへ連れて行ってくれると信頼していた男性だった。

そして私は、彼がその車での移動時間を利用して、オードリーに「自分の両親はもう自分を信じていない」と思い込ませていたことを、これから知ることになる。

⸻

娘のオードリーは、私の記憶にある限り、ずっとバレエが大好きだった。

幼いころから、部屋の中を歩くだけでも、いつの間にか踊りに変えてしまうような子だった。

朝食を待つ間は、狭いキッチンで練習していた。

リビングのソファの横でストレッチをしていた。

インターネットでプロのダンサーの公演を見つけては、動きの名前も知らないまま、必死にまねをしていた。

ときには、冷蔵庫の前で慎重にターンの練習をしている姿を見かけることもあった。

「オードリー、何かにぶつかるわよ」

私が注意すると、娘は笑った。

「ママ、だから練習しなきゃいけないの。もっと自分の体をコントロールできるようになりたいんだもの」

私たちは、娘が希望するレッスンをいつでも受けさせてあげられるほど裕福ではなかった。

夫のスコットは建設現場の監督をしていて、私は病院の管理部門で働いていた。

家族を養うだけの収入はあったが、本格的なダンスのトレーニングにはかなりのお金がかかった。

オードリーが幼いころは、家計に余裕があるときに初心者向けのクラスへ通わせていた。

レッスンのない期間も、娘は図書館で借りたバレエの本や教材動画を使って練習を続けた。

誕生日にもらったお金を貯めて、バレエシューズを買った。

高価な電子機器よりも、ダンスウェアを欲しがった。

そして、バレエへの情熱が薄れることは一度もなかった。

私は、そんな娘のひたむきさを誇りに思っていた。

だからこそ、評判の良いスタジオの上級ティーン向けプログラムに合格したと聞いたとき、ついに夢がかなったのだと思った。

ある午後、オードリーはスマートフォンを振りながら、玄関から勢いよく飛び込んできた。

「ママ! 合格したの!」

私はキッチンカウンターのそばに立っていた。

「何に合格したの?」

「スタジオの上級プログラムよ!」

娘はスマートフォンの画面を私に差し出した。

私は合格通知のメールを読んだ。

そして、もう一度読み返した。

しかも、授業料の大部分をカバーしてくれる奨学金まで獲得していたのだ。

私は娘を抱きしめた。

「オードリー、本当にすごいわ!」

娘はうれしさのあまり、飛び跳ねそうだった。

「通ってもいい? お願い、いいって言って!」

私はすぐにでも「もちろん」と答えたかった。

でも、一つだけ問題があった。

スタジオまでは車で50分近くかかる。

公共交通機関を使うなら、バスを2回乗り換えなければならなかった。

しかも、レッスンが終わるのは午後8時を過ぎてからだった。

スコットも私も仕事が遅くなることが多く、週に3回、娘を送り迎えするのは簡単ではなかった。

私はスケジュール表に目を落とした。

オードリーは、私がためらっていることに気づいた。

「ママ?」

「送迎の方法を考えないとね」

娘の表情が曇った。

「ママって、いつもそう言うよね」

「本当に何とかしたいと思っているからよ、あなた」

「だったら、どうしてそんなに心配そうな顔をするの?」

娘を安心させられるような答えを、私は見つけられなかった。

その後の2週間、スコットと私は何とか送迎の手段を確保しようとした。

職場の同僚に相談した。

近所の人にも声をかけた。

レッスンの時間を変更できないか、別の方法がないかも調べた。

しかし、週3回すべての送迎を確実に引き受けてくれる人はいなかった。

オードリーは、一人でバスに乗って通うことを提案した。

「早めに着いて、スタジオの中で待っていればいいから」

「問題は帰りなのよ」と私は説明した。

娘はがっかりした様子だった。

その姿を見るのは、私もつらかった。

そんなとき、日曜日の夕食中に、私たちが思いもしなかった解決策を提案してくれた人がいた。

⸻

デレクは、高校時代からスコットの一番の親友だった。

知り合ってから、もう30年近くになる。

大学時代も、転職も、結婚も、子育ても、二人の友情は乗り越えてきた。

デレクと妻のローラには、ミアという娘がいた。オードリーと同い年だった。

二人は何年も前、初心者向けのバレエ教室に一緒に通っていた。

デレクは私たち家族のことをよく知っていたし、オードリーは幼いころから彼を「デレクおじさん」と呼んでいた。

その日曜日、デレクは私たちと一緒に夕食を食べていた。

オードリーが再びスタジオの話を持ち出したとき、彼はフォークを置いた。

「パパ、もっと早いバスに乗ったらどうかな?」

スコットはため息をついた。

「でも、帰りのことも考えないといけないんだよ」

オードリーはうつむいた。

すると、デレクが口を開いた。

「どうして誰も俺に頼まないんだ?」

スコットは不思議そうに彼を見た。

「何を頼むんだ?」

「オードリーの送り迎えだよ」

私はデレクのほうを向いた。

「デレク、週に3回よ」

彼は肩をすくめた。

「俺のオフィスはスタジオからすぐ近くだからな」

「本当に?」

「ああ。放課後にオードリーを迎えに行って、スタジオまで送る。レッスン中は近くで書類仕事をして、終わったら家まで送ればいい」

スコットは笑った。

「かなりの運転になるぞ」

「そうでもないさ。どうせその辺りで仕事をすることもあるんだから」

オードリーは期待に満ちた目で彼を見つめた。

「本当に送ってくれるの?」

デレクは微笑んだ。

「もちろん。誰かが君をブロードウェイのスターに育てなきゃな」

娘は笑った。

「デレクおじさん、それはミュージカルよ」

「なるほど。じゃあ、俺も君から何かを学べるわけだ」

オードリーは立ち上がり、彼に抱きついた。

私はデレクを見た。

「本当に大丈夫? あなたに迷惑をかけたくないの」

彼は私の心配を払いのけるように手を振った。

「家族だろ。心配するなよ」

私は何度もお礼を言った。

スコットも安心した様子だった。

そしてオードリーは、ここ数週間で一番うれしそうな顔をしていた。

そのときの私は、デレクが娘のために素晴らしいことをしてくれていると信じていた。

まさか数週間後、自分が彼を信頼したことを後悔することになるなんて、想像もしていなかった。

最初のうちは、すべてが完璧に見えた。

週に3回、デレクは放課後のオードリーを迎えに行った。

スタジオまで送り届け、娘がレッスンを受けている間は近くで書類仕事をし、午後9時ごろに家まで送ってくれた。

オードリーは、おなかをすかせながらも興奮した様子で帰ってきた。

「ママ、今日習ったことを見て!」

夕食を準備している私のそばで、習った動きを練習することもあった。

別の日には、廊下で新しいステップを披露してくれた。

スコットはスマートフォンで娘の踊る姿を撮影した。

「我が家の未来のスーパースターだ!」

「パパ、撮らないでよ!」

そう言いながらも、娘は笑っていた。

私は、そんな娘を見るのが大好きだった。

オードリーはインストラクターのアルバレス先生や、上級プログラムの生徒たちについて話してくれた。

私にはほとんど発音できないようなバレエ用語まで、楽しそうに説明してくれた。

あるときは、私の立ち方まで注意された。

「ママ、肩に力が入りすぎてるよ」

私は笑った。

「あなた、私は病院の書類仕事で9時間も働いてきたのよ。肩くらい凝っていてもいいでしょう?」

娘はにっこり笑った。

そして、正しい立ち方を教えてくれた。

あのころの夕方は、私にとって一番好きな時間の一つだった。

デレクの親切のおかげで、娘は本来なら諦めなければならなかったかもしれないチャンスを手に入れたのだと思っていた。

しかし、4週目に入ったころから、少しずつ何かが変わり始めた。

⸻

最初は、ほんの小さな変化だった。

オードリーはキッチンで練習しなくなった。

帰宅しても、バレエバッグは閉じられたままだった。

二階で過ごす時間が増えた。

レッスンについて尋ねても、短い返事しか返ってこなくなった。

「今日はどうだった?」

「普通」

「何を習ったの?」

「いろいろ」

私は、疲れているのだろうと思った。

上級クラスのバレエは体力を使うし、学校の勉強とも両立しなければならない。

そんなとき、スタジオから春の発表会のオーディションについてメールが届いた。

私はうれしかった。

オードリーは、ずっと本格的な舞台で踊ることを夢見ていたからだ。

夕食のとき、どの演目でオーディションを受けるつもりなのか尋ねた。

すると、娘のフォークが止まった。

「受けない」

私は娘を見つめた。

「どうして?」

「まだ準備ができていないから」

「先生にそう言われたの?」

娘は肩をすくめた。

「今夜はバレエの話をしないでくれる?」

私は驚いた。

でも、無理に話をさせたくはなかった。

「わかったわ」

その後の2週間で、状況はさらに悪くなった。

バレエの話をすると、オードリーは明らかに苛立つようになった。

新しいバレエシューズを買おうかと提案したときには、きつい口調で言い返された。

「ママ、何でも解決しようとするの、もうやめてくれる?」

私は娘を見つめた。

「ただ、買ってあげようと思っただけよ」

「わかってる」

「何か悩んでいることがあるの?」

「何もない」

そう言って、娘は二階へ上がっていった。

その夜、スコットがキッチンに来たとき、私は流し台の前に立ったまま考え込んでいた。

「オードリーのことが心配なの」と私は言った。

彼は私の肩に手を置いた。

「16歳だろ。思春期には、いろいろな時期があるさ」

「でも、バレエはずっとあの子を一番幸せにしてくれるものだったのよ」

「疲れているだけかもしれない」

私は、そう信じたかった。

でも、あまりにも急な変化だった。

まるで、娘が人生を通して愛してきたものから、誰かが喜びだけを奪い取ってしまったかのようだった。

それが何なのか、私にはまったくわからなかった。

次の木曜日、ゴミを外に出そうとしていたとき、デレクの車が我が家の driveway に入ってきた。

私は、オードリーが開いた運転席側の窓から身を乗り出しているのに気づいた。

娘は彼の袖をつかんでいた。

「でも、ママに話してくれるって約束したじゃない!」

娘の声が聞こえた。

デレクは困ったような表情を浮かべた。

「オードリー、今はやめておこう」

「お願い……」

彼は家のほうをちらりと見て、私に気づいた。

その瞬間、表情が変わった。

そして笑顔を浮かべた。

「やあ! 何かあった?」

私は彼に近づいた。

「それは、こちらが聞きたいことよ」

オードリーは彼の袖を離し、急いで玄関へ向かった。

私は娘が家の中へ消えていくのを見届けた。

それから、デレクに目を向けた。

「今のは何の話?」

彼は笑った。

「大したことじゃないよ。ドライブスルーに寄らなかったから、機嫌が悪いだけさ」

私は眉をひそめた。

「夕食は家に用意してあるわ」

「だから、すぐ帰るぞって言ったんだよ」

彼はもう一度、私に笑いかけた。

「思春期ってやつだろ?」

それ以上質問する前に、彼は車を走らせてしまった。

私は家の中へ入った。

キッチンにオードリーの姿はなかった。

すると、階下の浴室から泣き声が聞こえてきた。

私はそっとドアをノックした。

「ねえ、どうしたの?」

「放っておいて!」

胸が締めつけられた。

「オードリー、何があったの?」

「何でもない!」

「デレクと何かあったの?」

「違う!」

「お願いだから、ママに話してちょうだい」

娘はドアを開けた。

顔は涙で濡れていた。

「どうして、私をそっとしておいてくれないの?」

私は一歩後ずさった。

娘が私にこんな言い方をしたのは初めてだった。

腹が立ったわけではない。

怖かったのだ。

明らかに何かがおかしい。

しかも娘は、まるで私が問題の一部であるかのように思い込んでいる。

その夜、私はスコットにデレクと話してほしいと頼んだ。

彼は不思議そうな顔をした。

「何について?」

「車の中で何があったのかよ」

「デレクは、食事に寄らなかったから機嫌が悪かったと言っていたぞ」

「スコット、私はあの子がデレクに『ママに話して』と頼んでいるのを聞いたのよ」

彼はため息をついた。

「ちょっとした行き違いだろう」

「でも、どうして泣いていたの?」

「クレア、俺はデレクと30年近い付き合いなんだ。あいつがわざとオードリーを傷つけるはずがない」

夫が彼を信頼する理由は、私にもわかっていた。

私だって、彼を信頼していたのだから。

それでも、何か大切なことが私たちに隠されているという感覚を、どうしても無視できなかった。

翌日の午後、私は自分でスタジオを訪ねることにした。

私は仕事を早めに切り上げた。

スコットにもオードリーにも、何も伝えなかった。

娘を困らせたいわけではなかった。

ただ、もう一度バレエについて安心して話せる場所で、娘と向き合いたかったのだ。

スタジオに着いたとき、レッスンは終わりかけていた。

バッグを持った生徒たちが、次々と出てきた。

ガラス越しには、バレエバーの近くに何人かのダンサーが見えた。

しかし、オードリーの姿はなかった。

私はその場で待った。

さらに何人もの生徒が出てきた。

それでも、娘は現れなかった。

すると、クリップボードを持った女性が近づいてきた。

「何かお手伝いできることはありますか?」

「娘のオードリー・ベネットを探しています。上級ティーン向けのプログラムに通っているんです」

女性はアルバレス先生だと名乗った。

オードリーのインストラクターだった。

私は丁寧に微笑んだ。

「娘を驚かせようと思って来たんです。別の部屋にいるのでしょうか?」

すると、アルバレス先生の表情が変わった。

彼女は私を注意深く見つめた。

「ベネットさん、少し個人的にお話ししてもよろしいでしょうか?」

胸がざわついた。

「もちろんです」

彼女は私を小さな事務室へ案内し、ドアを閉めた。

そして、私が予想もしなかった質問をした。

「娘さんが何を抱えているのか、ご存じないのですね?」

私は彼女を見つめた。

「どういう意味ですか?」

アルバレス先生は心配そうな表情を浮かべた。

「オードリーは、もう2週間近くレッスンに参加していないんです」

数秒間、私は声を出せなかった。

「そんなはずありません。週に3回、ここに来ているはずです」

「建物には来ています。でも、レッスンには参加していないんです」

心臓が激しく鼓動し始めた。

「どうして?」

先生は少しためらった。

「ご両親は、自分には続けるほどの才能がないと考えている、と話していました」

私は彼女を見つめた。

「……何ですって?」

「あなたとご主人が、上級バレエを続けるにはまだ実力が足りないと考えている、と言っていたんです」

私は首を横に振った。

「いいえ。絶対にそんなことはありません」

先生は驚いたようだった。

「オードリーは、ご両親が決めたことだと言っていました」

「私は一度もそんなことを言っていません」

私はスマートフォンを取り出した。

「見てください。私はずっとレッスン料を払っています。発表会のオーディションについても、娘に尋ねていたんです」

先生は画面を確認した。

そして、ため息をついた。

「やはり、何かおかしいと思っていたんです」

「どうして私たちに連絡してくださらなかったのですか?」

「本人が、ご両親の決定だからと言い張っていました。口出ししないでほしいと、私にも頼んできたんです。欠席についての連絡も事務室から送っていました」

私はメールを確認した。

連絡は迷惑メールのフォルダに入っていた。

私は顔を上げた。

「レッスンで何か問題があったのでしょうか?」

「本番で踊ることに緊張している様子はありました。でも、上達していましたよ。オードリーは、このプログラムに入るだけの実力があったんです」

私は涙がこみ上げるのを感じた。

娘は何週間もの間、自分の両親が一番大好きなものをやめさせようとしていると信じていたのだ。

そして私は、そのことにまったく気づいていなかった。

「レッスン中、娘はどこにいるのでしょう?」

「ロビーにいるところは何度か見かけました。でも、その後どこで過ごしているのかまではわかりません」

私は先生にお礼を言い、急いで外へ出た。

そして、自動販売機のそばにいるオードリーを見つけた。

娘はまだ学校の制服姿だった。

私に気づくと、勢いよく立ち上がった。

「ママ? どうしてここにいるの?」

私は落ち着いた声を保とうとした。

「あなたに会いに来たのよ」

娘の表情が硬くなった。

「アルバレス先生と話したの?」

「ええ」

娘は顔をそらした。

「じゃあ、私のことを監視しに来たんだ?」

私は首を横に振った。

「オードリー、何が起きているのか教えてほしいの」

娘の目に涙が浮かんだ。

「ママは、もう私にここで踊ってほしくないんでしょ」

その瞬間、足元の床が崩れ落ちたような気がした。

「誰がそんなことを言ったの?」

娘の顔がくしゃりと歪んだ。

「デレクよ」

私はその場で凍りついた。

娘は涙をぬぐった。

「ママもパパも、私にはこのプログラムにふさわしい実力がないって言ってたって……」

私は言葉を失った。

そして娘は、私の胸を締めつける言葉を口にした。

「私がバレエをどれだけ大好きか知っているから、自分たちからやめてほしいなんて言うのが恥ずかしいんだって……」

⸻

私はオードリーの隣に座った。

「ねえ、こっちを見て」

娘はうつむいたままだった。

「ママは、あなたが踊ることを恥ずかしいなんて思ったこと、一度もないわ」

娘は首を横に振った。

「でも、デレクが……」

「彼が何と言ったかはわかっている。でも、それは本当のことじゃないの」

私はスマートフォンを開き、レッスン料の支払い履歴を見せた。

次に、入学許可のメールを見せた。

そして、発表会のオーディションについてのメールも見せた。

「あなたのレッスン料を払い続けているのは、ママがあなたを信じているからよ」

オードリーは画面をじっと見つめた。

その表情が、少しずつ変わっていった。

「でも、ママは私にやめてほしいんだって、彼が言ったの」

「そんなこと、一度も言っていないわ」

「アルバレス先生も、私にはまだ無理だと思っているって……」

私は首を横に振った。

「先生は、あなたが上達しているし、このプログラムに入るだけの実力があるって、ママに話してくれたのよ」

オードリーは私を見つめた。

そして、泣き始めた。

「ママもパパも、もう私を信じてくれていないんだと思ってた……」

私は娘を抱きしめた。

「そんなこと絶対にないわ。ほんの一瞬だって、そんなふうに思ったことはない」

娘は私に強くしがみついた。

長い間、私たちは何も話さなかった。

やがて、娘は何が起きていたのかを話し始めた。

デレクは、車での移動中に少しずつ嫌なことを言うようになっていた。

最初は、何気ない言葉に聞こえたという。

上級バレエは、オードリーには難しすぎるのではないか。

自分にプレッシャーをかけすぎているのではないか。

そんなことを言われた。

そして次第に、インストラクターも娘の実力を心配していると言い始めた。

最終的には、スコットと私が、娘にはまだこのプログラムを続ける実力がないと、内々に話し合って決めたのだと言った。

「ママを傷つけたくないから、直接言えないんだって……」

娘が小さな声でささやいた。

私は気分が悪くなった。

「どうしてママに聞かなかったの?」

「聞こうと思った。でも、話したらママが怒るって言われたの」

私は娘を見つめた。

「彼が、そんなことまで言ったの?」

娘はうなずいた。

「ママは、私が自分からやめるって言い出すのを待っているんだって」

私は目を閉じた。

レッスンについて尋ねた、あの何度もの夕食。

私に対して苛立った態度を取るようになった、あの何度もの会話。

娘は、私が表向きは応援しているふりをしながら、心の中では自分に諦めてほしいと思っていると信じていたのだ。

突然、娘の態度のすべてが、悲しいほど理解できた。

娘は単に思春期で不機嫌になっていたわけではなかった。

自分が信じていた人たちに裏切られたと思っていたのだ。

そして、その裏切りを信じ込ませたのは、私たちが何年も信頼してきた人物だった。

⸻

帰りの車の中で、オードリーはさらに詳しいことを話してくれた。

レッスンの時間になると、スタジオのロビーや近くのカフェで時間をつぶしていたという。

宿題をしながら、デレクが迎えに来るのを待っていたのだ。

もし練習を続けていることがわかったら、私は怒るのではないかと怖かったらしい。

デレクは、両親から直接真実を聞いて傷つくことがないよう、自分を守ってくれているのだと思っていたという。

「昨日、彼に何か話してほしいって頼んでいたのも、そのことだったの?」と私は尋ねた。

娘はうなずいた。

「オーディションを受けてもいいって、ママに話してほしかったの」

私はハンドルを握る手に力を込めた。

「彼は何て言ったの?」

「あなたの決定を受け入れなきゃいけないって」

私はゆっくり息を吸った。

「どうしてパパには話さなかったの?」

「パパもママと同じ意見だって、彼が言ったから」

私は安全な駐車場に車を止めた。

このまま運転を続ける前に、気持ちを落ち着かせる必要があった。

オードリーは黙っていた。

そして、小さな声で尋ねた。

「ママ、私が話したって、デレクに言うの?」

私は娘のほうを向いた。

「ええ。でも、あなたは何も悪いことをしていないわ」

娘は少し安心したようだったが、まだ不安そうだった。

そして、私が長い間忘れられない言葉を口にした。

「デレクが言ってたの。ママは私の前では優しいことを言うけど、私がいないところでは、私の悪口を言っているんだって」

私は娘の手を握った。

「オードリー、ママはあなたを誇りに思っているわ。プロのダンサーになっても、まったく別の道を選んでも、それは絶対に変わらない」

娘の目に、再び涙が浮かんだ。

「でも、私は踊りたいの」

私は涙をこらえながら微笑んだ。

「だったら、どうすればまたレッスンに戻れるか、一緒に考えましょう」

⸻

家に帰ると、私はスコットにすべてを話した。

最初、彼は困惑していた。

しかし、オードリーがデレクから届いたメッセージを見せると、表情が変わった。

メッセージの一つには、こう書かれていた。

「ママはオーディションを受けるなと言っている。これ以上、ママに頼んで面倒なことにするな」

もう一つには、こうあった。

「先生は、君は少し身を引いたほうがいいと思っている。俺は君が傷つかないようにしているだけだ」

スコットは、それらを二度読み返した。

そして、ようやく私が心配していた理由を理解した。

彼はオードリーを見つめた。

「なあ、本当だよ。パパは、君にバレエをやめてほしいなんて、一度も思ったことはない」

娘は彼を見つめ返した。

「本当に?」

「もちろんだ」

オードリーの目に涙があふれた。

スコットは娘を抱きしめた。

それから私を見た。

「デレクと話をしなければならないな」

私はうなずいた。

「でも、オードリーの話もきちんと聞いてもらわなければ」

スコットも同意した。

彼は長年の親友に電話をかけ、妻のローラと一緒に家へ来てほしいと頼んだ。

デレクが到着したとき、彼は不機嫌そうだった。

「いったい何の用だ? 今すぐ来なきゃいけないほどのことなのか?」

私はオードリーのメッセージをダイニングテーブルに置いた。

「これについて説明してくれる?」

デレクは画面に目を落とした。

その表情が変わった。

ローラがスマートフォンを手に取り、メッセージを読み始めた。

そして、夫に目を向けた。

「デレク、どうしてオードリーにこんなメッセージを送ったの?」

彼は椅子の上で身じろぎした。

「誤解だよ。あの子に現実を理解させようとしただけだ」

オードリーが私の隣から、静かに口を開いた。

「私が踊ることを、ママは恥ずかしいと思っているって言ったよね」

デレクは娘のほうを向いた。

「オードリー、君は深刻に受け止めすぎたんだよ」

私はすぐに口を挟んだ。

「この子の気持ちを軽く扱わないでください」

ローラは夫をじっと見つめた。

そして、誰も考えていなかった質問をした。

「デレク、ミアが上級プログラムに合格できなかったから、こんなことをしたの?」

部屋の中が静まり返った。

私はローラを見た。

それから、デレクに目を向けた。

彼は額をこすった。

「ミアだって、同じくらい努力していたんだ」

ようやく彼が口にした言葉は、それだけだった。

ローラは彼を見つめた。

「それがオードリーと何の関係があるの?」

デレクはうつむいた。

「オードリーがプログラムに入ったって、うれしそうに話すたびに……不合格になったミアがどれだけ落ち込んでいたかを思い出したんだ」

私は、自分の耳を疑った。

ミアはデレクとローラの娘だった。

オードリーと同じ上級プログラムに応募していたが、合格できなかったのだ。

しかも、ミアはオードリーの友達だった。

そしてデレクは、オードリーがミアには得られなかったチャンスを手にしたという事実に、嫉妬していたらしい。

スコットが身を乗り出した。

「それで、私たちが娘にやめてほしいと思っていると、信じ込ませたのか?」

デレクは首を横に振った。

「傷つけるつもりなんてなかった」

「でも、実際に傷つけたんだ」とスコットは答えた。

ローラは信じられないという表情で夫を見ていた。

「ミアのことで落ち込んでいたからって、オードリーに自信を失わせたの?」

デレクは何も答えなかった。

私は娘のほうを見た。

オードリーは、じっと座っていた。

何週間もの間、娘は自分の両親が自分を恥じていると信じていた。

今、その話がすべて、他人の嫉妬から生まれた嘘だったと知ったのだ。

スコットが再び口を開いた。

「私は、お前に娘を任せたんだぞ」

デレクは顔を上げた。

「俺たちは30年来の親友だろ」

「わかっている」とスコットは静かに答えた。「だからこそ、こんなことになったのが理解できないんだ」

ローラはオードリーのほうを向いた。

「本当にごめんなさいね」

それから、デレクを見た。

「この子に謝って」

彼はためらった。

やがて、オードリーに向き直った。

「すまなかった」

娘は彼を見つめた。

「何について謝っているの?」

彼は喉を鳴らした。

「嘘をついたこと。君に自信をなくさせたことだ」

娘は何も答えなかった。

私は、彼を許すように娘へ求めることもしなかった。

謝罪したからといって、何週間もの混乱や心の傷が一瞬で消えるわけではない。

スコットは、当分の間、デレクを我が家に迎えるつもりはないと告げた。

ローラもそれを理解した。

デレクは愕然としていた。

しかし、スコットも私も、決断を変えるつもりはなかった。

二人が帰ったあと、私たちはオードリーの隣に座った。

スコットは娘の肩を抱いた。

「ママが何かおかしいと言ったとき、もっと真剣に聞くべきだった。ごめんな」

オードリーは涙をぬぐった。

そして、尋ねた。

「私、まだバレエを続けてもいいの?」

私はスコットを見た。

彼はうなずいた。

「もちろんだ。続けられるように、できる限りのことをするよ」

⸻

その夜、私はアルバレス先生に電話をかけた。

今回わかったことを説明し、オードリーが上級プログラムに戻れるかどうか尋ねた。

先生は、私の話を注意深く聞いてくれた。

そして、発表会のオーディションは翌週に予定されていると教えてくれた。

オードリーは、大切なレッスンをいくつも休んでしまっていた。

遅れを取り戻すのは簡単ではない。

それでも、まだチャンスは残されていた。

「オードリーは、このプログラムに入る実力があったんです」とアルバレス先生は言った。「オーディションを受けたいのなら、準備を手伝います。ただし、ほかの生徒と同じ基準を満たす必要はあります」

私は先生にお礼を言った。

オードリーにそのことを伝えると、娘はしばらく黙っていた。

それから二階へ上がっていった。

バレエバッグを開ける音が聞こえた。

数分後、娘は何週間も触れていなかったシューズを手に、階段を下りてきた。

「キッチンで練習してもいい?」

私は微笑んだ。

「もちろんよ」

娘はシューズを履いた。

そして、慎重に床の上を動き始めた。

最初は、どこか自信がなさそうだった。

失ってしまった自信を、すぐに取り戻すことはできなかった。

うまくできない動きに、苛立つこともあった。

自分に腹を立てて、練習を途中でやめてしまう夜もあった。

それでも、スコットは送迎ができるように仕事のスケジュールを調整した。

私はできる限り、追加のレッスンに娘を連れて行った。

アルバレス先生も、休んでいた間に失った技術を取り戻せるよう、指導してくれた。

少しずつ、以前のオードリーが戻ってきた。

娘は、再びバレエについて話すようになった。

朝食を準備している間も練習した。

私の姿勢を直した。

スコットがターンのまねをして、うまくできずに笑わせると、一緒になって笑った。

そして、ある晩、娘は私を見つめて言った。

「ママ、私、オーディションを受けられる気がする」

私は娘を抱きしめた。

「だったら、自分の力を思いきり見せてきなさい」

⸻

オードリーは、翌週のオーディションを受けた。

簡単だったとは言わない。

娘は緊張していた。

大切な準備期間を失ってしまったことも、自分でわかっていた。

そして、自分には実力が足りないと言われたときの記憶も、まだ心の中に残っていた。

それでも、娘は踊った。

最後までオーディションをやり遂げた。

そして数日後、私たちは素晴らしい知らせを受け取った。

オードリーは、春の発表会に出演できることになったのだ。

私はメッセージを声に出して読み上げた。

オードリーは口元を手で覆った。

「本当に?」

私は微笑んだ。

「本当よ」

娘は私に飛びつき、抱きしめた。

スコットも笑いながら加わった。

何週間ぶりだろう。

ようやく、家の中に明るさが戻ってきたように感じた。

数日後、ローラから電話があった。

ミアは、デレクが何をしていたのかまったく知らなかったという。

何が起きたのかを知り、ひどくショックを受けていたそうだ。

「ミアはいつだって、オードリーに成功してほしいと思っていたのよ」とローラは言った。「今回のことはデレクの嫉妬が原因であって、ミアには何の責任もないわ」

私は教えてくれたことにお礼を言った。

でも、オードリーが再びミアと会うことに抵抗を感じなくなるまで、少し時間が必要だということも伝えた。

ローラは理解してくれた。

それはありがたいことだった。

今回のことは、ミアのせいではない。

大人が下した決断の責任を、別の十代の子どもに背負わせたくはなかった。

発表会の夜が近づくころには、オードリーは再びキッチンで練習するようになっていた。

バレエシューズがバッグの中に隠されたままになることもなくなった。

大切なリハーサルの前には、今でも緊張していた。

でも、その声には、以前のようなわくわくした気持ちが戻っていた。

公演当日の夕方、スコットと私は早めに会場へ到着した。

ホールには、たくさんの家族が集まっていた。

花束を抱えた親たち。

見慣れた顔を探す子どもたち。

舞台裏では、ダンサーたちが楽屋の間を慌ただしく行き来していた。

私は、舞台裏への入り口近くに立つオードリーを見つけた。

娘は衣装を着て、肩の近くにあるリボンを丁寧に整えていた。

私は微笑んだ。

「緊張している?」

娘はうなずいた。

「少しだけ」

私は娘の手を握った。

「ここまで来るために、あなたは本当によく頑張ったわ」

娘はうつむいた。

一瞬、あの何週間もの間、自分の両親が踊ることをやめさせたがっていると信じていた日々を思い出しているのではないかと思った。

しかし、娘は顔を上げた。

「ママ?」

「なあに?」

娘は微笑んだ。

「ちゃんと見ていてね」

私は娘の手をぎゅっと握った。

「もちろん。いつだって見ているわ」

数分後、オードリーは明るい照明に照らされた舞台へと進み出た。

観客席が静まり返った。

娘はほかのダンサーたちと並び、自分の位置についた。

そして音楽が始まる直前、最前列を見渡した。

娘の目が、私を見つけた。

私は微笑んだ。

すると、娘も微笑み返してくれた。

そのほんの一瞬が、私にとってどれほど大切なものだったか、言葉では説明できない。

何週間もの間、娘が信頼していた人物は、実の両親が自分の夢を恥じているのだと信じ込ませていた。

娘が一番愛していたものに、疑いと不安を植えつけたのだ。

でも、ようやく真実が娘に届いた。

そして、娘はもう一度歩き出す勇気を見つけた。

娘は、私を誇らしい気持ちにさせるために、有名なバレリーナになる必要などなかった。そんなことは、最初から一度もなかったのだ。

私がただ望んでいたのは、娘がどんな夢を追いかけることになっても、母親が自分を応援してくれているのかどうか、不安に思う必要がないと知っていてほしい。

それだけだった。

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