8年間、夫は子どもを持つのはまだ早いと言い続けていた。
最初は、もっと条件のいい仕事に就きたいと言った。次は、家のリフォームを終わらせたいと言った。私が家族を作る話を持ち出すたびに、トニーは微笑んで約束した。
「もう少しだけ待ってくれ、ジェニファー。僕は最高の父親になりたいんだ」
私は彼を信じていた。
そんなある日、ダコタという29歳の女性が、通りの向かいの家に引っ越してきた。
最初、彼女はとても親しみやすい人に見えた。ところが、すぐに奇妙なことが起こり始めた。毎朝、彼女は夫にコーヒーを持ってきて、トニーが仕事に出かけるタイミングを見計らって待ち構えるようになったのだ。
ある朝、私は彼女がトニーに折り畳んだメモを手渡すのを目撃した。
それを読んだ瞬間、夫の表情が変わった。
何が書いてあるのか見せてと迫ると、そこにはたった2文だけ書かれていた。
「金曜日までにジェニファーに真実を話して。それができないなら、私が自分で話す」
私はすぐに、夫が浮気をしているのではないかと疑った。
しかし、その後、さらに不可解な事実を発見した。小児科クリニックへの使途不明の支払いが複数あり、トニーは一連の銀行振込を「経営コンサルティング費用」として処理していたのだ。
私たちには子どもがいなかった。
それなのに、夫はなぜ、私が存在すら知らない子どもの医療費を秘密裏に支払っていたのだろう?
金曜日の夕方、ダコタは書類の入ったフォルダーを抱えて我が家にやってくる。そして、彼女が幼い女の子の写真をダイニングテーブルに置いたとき、私はようやく理解することになる。なぜトニーが何年もの間、私たちはまだ親になる準備ができていないと言い続けていたのかを。
――
私の名前はジェニファー。夫のトニーと出会ったのは、私が16歳のときだった。
私たちは10代で恋に落ちた。でも、当時から私は自分がどんな人生を送りたいのか、はっきりと分かっていた。
私は家族が欲しかった。
笑い声があふれる家。廊下を走り回る子どもたち。そして、帰ると約束した時間に必ず帰ってきてくれる人。
その夢を抱くようになったのは、幼い頃の経験がきっかけだった。
私が5歳のとき、父は家を出ていった。
その後も時々電話はかけてきたけれど、約束を守ることはほとんどなかった。
「土曜日にパパが迎えに行くよ」
父はそう言った。
私は嬉しくなって、お気に入りの服に着替え、父の車が来るのを待ちながら、玄関の窓辺に座っていた。
午後いっぱい待つこともあった。
でも、父が来ることはほとんどなかった。
母は私たちを養うために長時間働き、私に必要なものをすべて与えようと必死だった。
私は心に誓った。大人になって自分の子どもを持ったら、父親が自分を迎えに来てくれるほど大切に思っているのかどうか、不安に感じるような思いは絶対にさせないと。
ある午後、10代だったトニーは、父がまた約束を破ったあと、泣いている私を見つけた。
「まだお父さんを待ってるの?」
彼が尋ねた。
私は涙をぬぐった。
「もう待ってない」
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
「どうして守るつもりもない約束を、何度もするのか分からないから」
トニーは私の隣に座った。
「お父さんにどうしてほしいの?」
「ただ来てほしいの。一度だけでもいいから」
私は彼を見つめた。
「いつか、子どもたちでいっぱいの家に住みたい。家族そろって夕食を食べて、誕生日にはみんなが集まるような家がいい。そして、家に帰ると言ったら、本当に帰ってきてくれる夫が欲しい」
トニーは私の手を握った。
「ジェン、君はそんな家族を持てるよ」
「本当にそう思う?」
彼は微笑んだ。
「僕が必ずそうしてみせる」
私は彼を信じた。
私が20歳のとき、私たちは結婚した。
それから8年後、私たちは美しい家を持ち、安定した仕事に就き、私が幸せだと信じていた結婚生活を送っていた。
ただ一つ、足りないものがあった。
子どもだった。
最初、トニーは結婚生活に慣れるまで待ちたいと言った。
「来年あたりにしよう」
彼はそう言った。
次は、昇進して収入を増やしたいと言った。
その次は、家のリフォームを終わらせたいと言った。
私が赤ちゃんの話を持ち出すたびに、待たなければならない新しい理由が出てきた。
私は我慢しようとした。
トニーは、将来の子どもたちに最高の生活をさせたいのだと主張した。
「ジェニファー、経済的に苦労する生活はさせたくないんだ。親になるときは、きちんと準備ができていたい」
ある晩、私はとうとう尋ねた。
「私たちには家もあるし、仕事も安定しているし、貯金だってある。それ以外に何が必要なの?」
彼は優しく微笑んだ。
「もう少し時間が欲しいんだ」
「何年もずっとそう言ってるじゃない」
「いい父親になりたいからだよ」
私は彼にキスをした。
「だからあなたと結婚したのよ」
私は彼を完全に信頼していた。
彼がためらい続けていた本当の理由が、私たちの経済状況とはまったく関係なかったことなど、知る由もなかった。
――
すべてが変わる約1か月前、通りの向かいの家に新しい隣人が引っ越してきた。
彼女の名前はダコタ。

29歳で、明るく、近所の人たちと仲良くなりたがっているようだった。
ある午後、彼女は手作りのクッキーを載せたお皿を持って、我が家の玄関に現れた。
「こんにちは! ダコタです。通りの向かいに引っ越してきたんです」
私は微笑んだ。
「ようこそ! 私はジェニファー。こちらは夫のトニーよ」
ダコタはクッキーを差し出した。
「たくさん作りすぎちゃったので、おすそ分けしようと思って」
トニーはクッキーを一つ食べた。
「すごくおいしいね。いつでも持ってきてよ」
ダコタは笑った。
私もすぐに彼女を気に入った。
親しみやすい人だったし、新しい地域に引っ越してくると、寂しいこともあるだろうと思った。
ところが数日後、私は何かがおかしいと感じ始めた。
トニーは毎朝、だいたい7時45分に仕事へ出かけていた。
ある月曜日、ダコタがテイクアウトのコーヒーを2杯持って外にいるのを見かけた。
彼女はトニーの車のそばまで近づいた。
「あっ、トニー! 間違えてコーヒーを余分に注文しちゃったの。よかったら飲む?」
彼は礼儀正しく受け取った。
「ありがとう」
私は特に気に留めなかった。
しかし、翌朝も彼女は現れた。
その次の朝も。
金曜日になる頃には、彼女はトニーのコーヒーの好みまで正確に把握していた。
「砂糖は2つ、クリームなしよね?」
私は窓からその様子を見ながら、どうして彼のいつもの注文をこんなに早く覚えたのだろうと不思議に思った。
その日の夜、私はトニーに話した。
「新しい隣人、あなたに気があるんじゃない?」
彼は笑った。
「ただ親切にしてくれてるだけだと思うよ」
「毎朝コーヒーを持ってくるほど親切なの?」
「寂しいんじゃないかな」
私は眉を上げた。
「寂しい隣人って、普通、既婚男性のコーヒーの注文まで覚えるものなの?」
トニーは微笑んだ。
「どうやら僕は、朝8時前だと特に魅力的らしいね」
私はクッションを彼に投げつけた。
「私は真面目に話してるのよ」
彼はクッションを受け止めて笑った。
「ジェン、僕から何かを仕掛けているわけじゃないよ」
「分かってる。ただ、少し変だと思っただけ」
彼は私の心配を軽く受け流した。私も忘れようとした。
けれど、毎朝のコーヒーはその後も続いた。
とうとう私は、外にいたダコタに声をかけた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「もちろん」
「毎朝のコーヒーは、どういうつもりなの?」
彼女は気まずそうな顔をした。
「ただ親切にしているだけよ」
「気持ちは分かるけど、トニーは家でもコーヒーを飲んでいるの。毎日あなたに買ってもらう必要はないと思うわ」
ダコタは我が家のほうに目を向けた。
それからうなずいた。
「分かった。そうよね」
その後、彼女が朝に現れることはなくなった。
私はこれで解決したと思った。
でも、それは間違いだった。
それから1週間近くたった頃、私は玄関の窓辺に立っていた。
そのとき、ダコタがトニーの車に近づいていくのが見えた。
今度はコーヒーを持っていなかった。
彼女は小さく折り畳んだメモをトニーに手渡した。
トニーはそれを開いた。
彼の表情が一瞬で変わった。
彼はダコタを見て、私には聞こえない声で何かを言い、すぐに紙を折り畳み直した。
ダコタはその場を立ち去った。
私は急いで外へ出た。
「トニー、今のは何?」
彼は驚いた顔をした。
「何が?」

「ダコタが渡したメモよ」
「何でもない」
「だったら見せて」
「ジェニファー、騒ぎ立てないでくれ」
私は彼を見つめた。
「どうして見せてくれないの?」
彼は額をこすった。
数秒間、ためらっていた。
それから、ようやく紙を私に渡した。
私はそれを開いた。
中には2文が書かれていた。
「金曜日までにジェニファーに真実を話して。それができないなら、私が自分で話す」
私はその文章を2回読んだ。
そして顔を上げた。
「何の真実なの?」
トニーは落ち着かない様子で体を動かした。
「君が考えているようなことじゃない」
「私が何を考えているか、まだ何も言っていないけど」
「ダコタが大げさに騒いでいるだけだ」
「何について?」
彼は視線をそらした。
「今夜、話し合わないか?」
「嫌よ」
「ジェニファー、大事な会議があるんだ」
「それに、どうやらうちの結婚生活について、私の知らないことを隣人が知っているみたいね」
私はダコタの家に向かって歩き出した。
トニーが私の腕をつかもうとした。
「ジェン、待ってくれ」
私は歩き続けた。
ダコタの家のドアをノックした。
彼女はドアを開けたが、私を見るなり不安そうな顔をした。
私はメモを掲げた。
「これは何?」
彼女は、まだ車のそばに立っているトニーに目を向けた。
「彼に聞いて」
「聞いたわ。でも説明してくれないの」
彼女は声を落とした。
「彼自身が話さなければいけないことなの」
私は胃のあたりが締めつけられるような気がした。
「あなた、私の夫と浮気しているの?」
彼女は目を見開いた。
「違うわ!」
「じゃあ、どうして秘密のメッセージを渡しているの?」
「ジェニファー、お願い。これは彼が説明しなければならないことなの」
「どうしてあなたが直接話してくれないの?」
彼女は苦しそうな顔をした。
「あなたの結婚生活を壊したくないのよ」
私は彼女を見つめた。
「だったら、どうして何かを暴露すると脅すの?」
ダコタは一歩後ずさった。
「お願い、帰って。今はこの話をすることができないの」
私は自分の耳を疑った。
怒りに震えながら家に戻った。
トニーはすでに車で出かけていた。
私はキッチンに立ち、折り畳まれたメモを見つめた。
2人とも真実を話してくれないのなら、自分で調べるしかない。
――
私はまず、トニーが自宅の書斎に保管している書類を調べ始めた。
机の引き出しに積まれた領収書の下から、ある封筒を見つけた。
中には、小児科クリニックへの支払い確認書が入っていた。
支払い者の名前はトニーだった。
しかし、患者に関する情報は記載されていなかった。
私は眉をひそめた。
私たちには子どもがいない。
どうしてトニーが小児科クリニックの請求を支払っているのだろう?
私は夫と共有している銀行口座の取引履歴を確認した。
同じ月に、そのクリニックへの支払いがさらに2件あった。
その後、別の口座への複数の送金が目に留まった。どれも「コンサルティング費用」と記載されていた。
トニーはいつも、仕事に関係する支払いだと説明していた。
しかし、今となっては、そのタイミングが疑わしく思えた。
私はクリニックに電話し、その支払いに関連する患者を特定できないか尋ねた。
受付の女性は、患者情報は機密事項なので教えられないと丁寧に説明した。
電話を切ったあと、私はキッチンテーブルに座り、もう一度記録を調べた。
トニーは何年もの間、子どもを持つ前にもっと経済的な準備が必要だと言い続けてきた。
それなのに、私の知らないところへお金を送り続けていたのだ。
私は彼に電話をかけた。
「トニー、早めに帰ってきてほしいの」
「無理だよ、ジェン。会議があるんだ」
「だったら、私があなたの職場に行くわ」
しばらく沈黙が続いた。
「どうして?」
「小児科クリニックの件について話し合う必要があるから」
沈黙。
そして、彼は答えた。
「5時には帰るよ」
彼が帰宅したのは午後4時47分だった。
私は領収書と取引記録をダイニングテーブルいっぱいに広げていた。
トニーはそれらを見て、足を止めた。
「ジェニファー……」
「説明して」
彼は椅子を引いて座った。
「ある家族を援助しているんだ」
「子どもの医療費を?」
「その家族は大変な状況に置かれているんだ」
「じゃあ、コンサルティング費用として送金していたお金は?」
彼は視線をそらした。
「君に質問されたくなかった」
私は彼を見つめた。
「だから隠すことにしたの?」
彼はため息をついた。
「ほかにどうすればいいか分からなかったんだ」
「本当のことを話せばよかったじゃない」
彼は身を乗り出した。
「ダコタと僕の間には何もない」
私は慎重に彼の顔を見た。
「ダコタのことなんて聞いていないわ」
彼の表情が変わった。
その瞬間、私は気づいた。
この2つの問題は、つながっているのかもしれない。
「あなたが医療費を払っている子どもに、ダコタも関係しているの?」
「ジェニファー、誤解しているんだ」
「だったら説明して」
彼は何も言わなかった。
「その家族を私に紹介して。困っているのなら、一緒に助けられるかもしれないでしょう?」
「だめだ」
「どうして?」
「複雑なんだ」
私は涙がこみ上げてくるのを感じた。
「トニー、あなたは何年も、私たちにはまだ赤ちゃんを育てる経済的な余裕がないと言い続けてきた。でも、私の知らないところで、ほかの誰かの子どもを支援していたのよ。なぜなのか、私には知る権利があると思わない?」
彼はテーブルを見つめた。
私は答えを待った。
やがて、私は口を開いた。
「ダコタは金曜日までに話せと言ったわよね。その日が来たらどうなるの?」
「彼女を巻き込まないでくれ」
「彼女があのメモを渡した時点で、もう関わっているわ」
トニーは立ち上がった。
「ジェニファー、今は無理なんだ」
彼は書斎に入り、ドアを閉めた。
私はひとりでテーブルに座り、説明のつかない支払い記録を見つめていた。
夫がどんな秘密を隠していたとしても、受け止める覚悟はできていると思っていた。
でも、実際は違った。
――
翌朝、私はダコタに手紙を書いた。
小児科クリニックへの支払いを見つけたこと、そして何が起きているのか知りたいことを説明した。
自分の電話番号を添え、連絡してほしいと頼んだ。
その日の夜、見覚えのない番号からメッセージが届いた。
「金曜日、午後7時。あなたの家で。トニーも必ず同席させて」
私はトニーにメッセージを見せた。
彼の顔から血の気が引いた。
「断ってくれ」
「嫌よ」
「ジェニファー、これが何を引き起こすか分かっていないんだ」
「誰にとっての問題なの?」
彼は視線をそらした。
私は自分の子ども時代を思い出した。
窓辺に座り、決して現れない父親を待ち続けた土曜日のことを。
トニーは、父の約束が私にどれほど深い傷を残したか知っていた。
私が泣いているとき、彼は手を握ってくれた。
そして、私に同じ思いをさせることは絶対にないと約束してくれた。
それなのに今、彼は結婚生活についての簡単な質問にさえ答えようとしなかった。
私は彼を見つめた。
「私の父も、よく約束をしていたわ」
トニーは眉をひそめた。
「ジェニファー、これは君のお父さんとは関係ない」
「だったら、父と同じような振る舞いをするのはやめて」
彼は私を見つめた。
「私は子どもの頃、どうして父が迎えに来ないのか、その本当の理由を誰かが話してくれるのをずっと待っていたの。あなたが答えを拒み続けるなら、今度は結婚生活の中で同じように待ち続けるつもりはないわ」
トニーは何も言わなかった。
金曜日が来るのが待ちきれなかった。
その日の午後6時58分、トニーはリビングを行ったり来たりしていた。
彼は一日中、ほとんど私と口を利かなかった。
午後7時ちょうどに、玄関のベルが鳴った。
ダコタがフォルダーを抱えて立っていた。
私は彼女を家に招き、ダイニングテーブルへ案内した。
トニーは渋々席に着いた。
私が用意しておいた水のグラスには、誰も手をつけなかった。
私はダコタのメモをクリニックの領収書の隣に置いた。
そして、彼女を見つめた。
「その子は誰なの?」
ダコタはトニーのほうを向いた。
「彼女に話して」
トニーは目を閉じた。
「ダコタ、頼むから……」
彼女は首を横に振った。
「もう4年も経っているのよ」
私の胸が沈んだ。
「4年?」
トニーはテーブルを見つめていた。
ダコタは息を吸い、話し始めた。
「ジェニファー、5年前、トニーは仕事で町を離れていたの」
覚えていた。
彼は数か月間、仕事で出張していた。
ダコタは続けた。
「その仕事をしていたとき、彼は私の姉、エミリーと出会ったの」
私は夫のほうを向いた。
彼は私と目を合わせようとしなかった。
「2人は関係を持ったの」とダコタは静かに言った。「数か月間、続いたわ」
周囲の景色が揺らいだように感じた。
私はトニーを見つめた。
「浮気していたの?」
彼はうなずいた。
私は彼を見つめ続けた。
「毎週末、家に帰ってきていたじゃない」
「分かっている」
「私の隣で眠って、2人の未来について話していたのよ」
「ジェニファー……」
私は手を上げた。
「口を挟まないで」
ダコタは気まずそうな顔をした。
それでも、話を続けた。
「関係が終わったあと、姉は妊娠していることに気づいたの」
私の手が冷たくなった。
私はトニーを見た。
「知っていたの?」
彼はもう一度うなずいた。
「最初から?」
「そうだ」
しばらくの間、私は言葉を失った。
ダコタはフォルダーを開き、写真を1枚取り出した。
そして、そっとテーブルの上に置いた。
茶色の髪をした小さな女の子が、カメラに向かって笑っていた。
4歳くらいに見えた。
ダコタは写真の端に指を添えた。
「この子の名前はリリーよ」
私はその子の顔を見つめた。
「この子は誰なの?」
ダコタは最後にもう一度、トニーを見た。
そして答えた。
「リリーはトニーの娘よ」
私は身動きができなかった。
4年。
私は4年間、夫と一緒に家族を作る日を待っているのだと信じていた。
その間ずっと、夫にはすでに子どもがいたのだ。
私はトニーを見た。
「ずっとこの子のことを知っていたの?」
彼はうなずいた。
私は理解しようとした。
「1歳の誕生日には一緒にいたの?」
「いや」
「初めて歩いたときは見ていた?」
彼はうつむいた。
「ジェニファー、話したかったんだ」
「でも、話さなかった」
彼は黙っていた。
私はダコタに向き直った。
「リリーは、トニーが自分の父親だと知っているの?」
彼女は首を横に振った。
私は夫を見つめた。
「あなたには4歳の娘がいるのに、その子は自分の父親が誰なのか知らないの?」
「経済的には支援してきた」
「そんなことを聞いているんじゃないわ」
トニーは視線をそらした。
「何度か会いには行った」
「父親として?」
彼はためらった。
「エミリーの友人としてだ」
私の心は沈んだ。
突然、幼い頃の自分を思い出した。
窓辺に座って、父が来るのを待っていたあの頃の自分を。
私は自分の子どもたちには、決してあんな不安を味わわせないと誓った。
それなのに、私が結婚した男性は、別の子どもが自分の父親を知らないまま成長することを許していた。
私はダコタを見た。
「エミリーは今、どこにいるの?」
彼女の表情が変わった。
「姉は3か月前に亡くなったの」
私は彼女を見つめた。
「何ですって?」
「病気だったの。姉が亡くなってから、リリーは私と一緒に暮らしているわ」
私は再びトニーを見た。
「リリーは3か月前に母親を亡くしたのに、あなたはまだ自分が父親だと伝えていないの?」
彼の目に涙が浮かんだ。
「ジェニファー、怖かったんだ」
「何が怖かったの?」
「君を失うことが」
私は首を横に振った。
「4年間も、私がどうするか怖かったから秘密にしていたの?」
「最初、エミリーは自分ひとりでリリーを育てられると言った。僕は、関わらないほうがいいと思い込もうとしたんだ」
「その後は?」
「時間が経ってしまった。待てば待つほど、どう説明すればいいのか分からなくなった」
私は幼い女の子の写真を見つめた。
「この子は、そんな扱いを受けるべきじゃなかった」
「分かっている」
「あなたは、私が父親のいない子ども時代をどれほどつらく感じていたか知っていたでしょう。私がその記憶に苦しむ姿を見てきたはずよ」
トニーはうつむいた。
「自分の父親のようにはなりたくなかったんだ」
「でも、あなたは同じ選択をした」
彼は涙をぬぐった。
「分かっている」
ダコタが静かに口を開いた。
「姉が亡くなったあと、私はトニーに連絡したの。リリーには安定した生活が必要だし、自分の父親を知る権利があると伝えたわ」
私は彼女を見た。
「だから、通りの向かいに引っ越してきたの?」
彼女はうなずいた。
「トニーが提案したの。近くに住んでいれば、リリーと一緒に過ごすのも簡単になると思ったみたい」
私はトニーを見つめた。
「だったら、どうしてそうしなかったの?」
彼は何も言わなかった。
ダコタが続けた。
「彼は何度も、あなたにすべてを話すと約束した。でも毎週、何か新しい理由をつけて先延ばしにしていたの」
私はコーヒーを持ってきていた朝のことを思い出した。
「朝、彼と2人きりで話せる機会を作ろうとしていたの?」
「そうよ。毎朝、彼はあなたと話すと約束していたから」
「それでも話さなかったから、期限を決めたのね」
ダコタはうなずいた。
「やり方がよくなかったことは分かっている。あなたは私とトニーの間に何かあると思ったでしょう。でも、私は彼に責任を取らせようとしていたの」
私はもう一度、写真を見た。
少なくとも、ダコタがなぜあれほど必死だったのかは理解できた。
彼女は私の夫の人生に入り込もうとしていたわけではない。
夫が隠し続けてきた娘の存在を認めさせようとしていたのだ。
私はトニーに向き直った。
「もう一つだけ、聞きたいことがあるわ」
彼は顔を上げた。
「何でも聞いてくれ」
「私が子どもを持ちたいと言うたびに、あなたは何年も待とうと言い続けた」
彼の体がこわばった。
「リリーがいたからなの?」
彼の目に涙が浮かんだ。
答えを聞く前から、私はもう分かっていた。
「罪悪感があったんだ」と彼はささやいた。
私は彼を見つめた。
「もし僕たちに赤ちゃんができたら、すべてがもっと複雑になると思った。まずリリーの問題を解決しなければならないと、自分に言い聞かせ続けていたんだ」
「4年間も?」
「どうすればいいのか分からなかった」
私は信じられない思いで彼を見た。
「つまり、本当のことを私に話す代わりに、私たち2人の人生をあなたひとりで決めたのね」
「ジェニファー……」
「浮気を隠した。娘の存在も隠した。そして、自分が選んだことの責任に向き合いたくなかったから、私がずっと夢見ていた家族を作ることまで先延ばしにした」
彼は両手で顔を覆った。
「君を愛しているんだ、ジェン」
私はゆっくり息を吸った。
「それは信じているわ」
彼は驚いたように顔を上げた。
「でも、問題は愛情じゃないの」
私はダコタを見た。
彼女は疲れ切った表情をしていた。
「あなたにリリーの母親になってほしいとは思っていないの」と彼女は静かに言った。「ただ、あの子に、自分のそばにいてくれる父親を持ってほしいだけなの」
私はうなずいた。
「リリーには、その権利があるわ」
トニーは希望を取り戻したような顔で私を見た。
「一緒に乗り越えていけるよ」
私は首を横に振った。
「いいえ、トニー。あなたはまず、リリーの父親としてどう生きていくのか、自分で考えなければならない。そして私は、このことが私たちの結婚にとって何を意味するのか、考える時間が必要なの」
彼は私の手を握ろうとした。
私はそっと手を引いた。
「リリーは、この状況を作ったわけじゃない。あの子は母親を亡くしたばかりの小さな女の子よ。あの子には、正直さと安定した生活、そして約束したときに本当に来てくれる人が必要なの」
トニーはうなずいた。
「僕がそういう父親になる」
「だったら、行動で証明して」
彼はとうとう泣き出した。
「ジェニファー、お願いだ。僕たちのことを諦めないでくれ」
私は立ち上がった。
「今は少し距離を置きたいの。しばらく別の場所に泊まってほしい」
彼は呆然とした。
「僕はどこへ行けばいいんだ?」
私は彼の目を見た。
「それは自分で考えて」
ダコタも静かに立ち上がった。
「私はそろそろ失礼するわ」
私は彼女を見た。
「ようやく真実を話してくれてありがとう。でも、私がすぐにリリーの親代わりになれるわけではないことは理解してほしい」
彼女はうなずいた。
「分かっているわ」
ダコタが帰ったあと、トニーは小さなバッグに荷物を詰めた。
玄関で、彼は私を振り返った。

「僕たちの結婚は終わりなのか?」
私は長い間、彼を見つめた。
「分からない」
彼は唾を飲み込んだ。
「愛しているよ、ジェニファー」
私はゆっくりとうなずいた。
「だったら、リリーに愛とは何かを教えてあげて。私たちの結婚が続くかどうかに関係なく、あの子が必要としている父親になって」
彼はうつむいた。
「そうするよ」
私は、自分の父親を待ち続けた土曜日のことを思い出した。
数え切れない約束。
数え切れない失望。
誰ひとりとして忘れられたと感じることのない家族を作りたいと、何年も夢見ていた。
そして、夫を見つめた。
「私は子どもの頃、誰かが迎えに来てくれることをずっと願っていたのよ、トニー。もう一人の小さな女の子に、同じ思いをしながら成長してほしくないの」
彼はうなずいた。
それから、外へ出ていった。
私は彼が去っていくのを見送った。
結婚してから初めて、私は彼を追いかけることも、行かないでと頼むこともしなかった。
私はダイニングテーブルに戻り、リリーの写真を手に取った。
彼女は明るく笑っていた。自分の周りの大人たちが、どれほど難しい話し合いをしているのかも知らずに。
私は彼女の顔をじっと見つめた。
この状況を選んだのは、彼女ではない。
私だって、選んだわけではなかった。
それでも、私たち2人には、決して行動に移されない約束よりも、確かなものに支えられた未来を手にする権利がある。
私は写真をテーブルに戻し、静まり返った家を見渡した。
何年もの間、母親になることこそが、自分の幸せに欠けている最後のピースだと信じていた。
でも今、私は理解した。
母親になるかどうか、結婚を続けるかどうかを決める前に、まず自分の隣にいる人を信頼できるのか、確かめなければならないのだと。
そして、トニーには、もう先延ばしにできない責任があった。
8年間、父親になる準備ができていないと言い続けた男は、実はそのうちの4年間、すでに父親だった。これから彼は、ようやく本当の父親として行動する覚悟があるのか、自分自身で決断しなければならない。
