娘に、見たいと願っていた日の出を見せてあげたかった。ただ、それだけだった。
しかし、グランドキャニオンで始まった小さな願いは、やがて私に、もう二度と向き合うことはないと思っていた過去と再び向き合うことを迫ることになる。
ヘイリーが13歳のとき、医師から告げられた。
もう、治療の効果は期待できないと。
私たちは何年もの間、彼女の病気と闘い続けてきた。病院の病室、手術、薬、そして3つの州にいる専門医たち。
けれど、今や治療は効かなくなっていた。
ヘイリーが診断を受けてから2か月後、夫は荷物をまとめた。
「こんな生活には耐えられない」
その日から、私たちのそばにいるのはヘイリーと私だけになった。
私は残業を重ね、病院の椅子で眠り、薬の名前を一つ残らず覚えた。
それでも最後には、医師たちでさえ打つ手がなくなった。
「別の臨床試験はありませんか?」
私はカーター医師に尋ねた。
彼はため息をついた。
「クレア、ヘイリーの症例は、私にできる限りあらゆるところに送りました」
医師たちでさえ、できることをすべてやり尽くしていた。
ある晩、ヘイリーがまっすぐ私の目を見つめた。
「ママ、もう病院には戻りたくない。グランドキャニオンで日の出を見たいの」
その夜、私はカーター医師に電話をかけ、ヘイリーが旅行に耐えられるだけの体力を残しているか確認した。
「それが本当に彼女の望みなら、連れて行ってあげてください」と彼は言った。「ただ、万が一連絡する必要が出たときのために、どこにいるのか正確に教えてください」
グランドキャニオンで日の出を見たい。
2日後、私は車に毛布や薬、ヘイリーに必要になりそうなものをすべて積み込んだ。
私たちは一晩中、車を走らせた。
午前5時、私たちは展望台のそばに並んで座り、毛布にくるまっていた。
ヘイリーは疲れ切っていたが、笑顔を浮かべていた。
「きっとすごくきれいだって思ってた」
彼女は小さな声でつぶやいた。

空が少しずつ明るくなり始めたとき、一人の公園管理官が私たちに向かって駆け寄ってきた。
私は不安で胃が締めつけられた。
「何でしょうか?」
「娘さんの主治医から公園事務所に連絡がありました。日の出の前に、あなたを見つけてほしいと頼まれたんです」
私は勢いよく立ち上がった。肩から毛布が滑り落ちた。
「何があったんですか?」
管理官は上着の中に手を入れた。
そして、何かを取り出し、私に差し出した。
「奥様、カーター医師から、娘さんが日の出を見る前に、これを必ず渡すようにと言われました」
彼の手には白い封筒があった。
そこには私の名前が書かれていた。
私は封筒を見つめた。
「これだけですか?」
「カーター医師から預かったのは、それだけです。医療に関することなので、ここにいる誰にも内容について話してほしくないと言われました」
中には、たった2つの文章しか書かれていなかった。
至急、病院に戻ってください。私たちが発見したことをお伝えするまでは、ヘイリーに関するいかなる決断も下さないでください。
「カーター医師から渡すように言われたのは、これだけですか?」
ヘイリーが私のそばに身を寄せた。
「何て書いてあるの?」
「カーター先生が、病院に戻ってきてほしいって」
彼女の笑顔が消えた。
「今すぐ?」
私は指先で紙の端を軽く握りしめた。
至急、病院に戻ってください。
管理官は落ち着かない様子で体を揺らした。
「奥様、私には何のことなのか分かりません」
「分かっています。ごめんなさい。あなたに怒っているわけじゃないんです」
ヘイリーが私の手首にそっと手を置いた。
「ママ」
「一晩中、車を走らせて、やっとここまで来たのよ」
「もうできることはないって言われたの。誰かが最後の検査について考えを変えたからって、勝手にあなたを病院へ連れ戻す権利なんてないわ」
私は、幼い頃からの吃音が声に戻ってくるときだけ、こんな話し方をしてしまう。
ストレスを感じると、いつも吃音が再び現れた。特に、恐怖や怒りを感じたときには。
「もう、できることはないって言われたのに……」
ヘイリーは私の手を握りしめた。
「カーター先生が、公園の管理官にまで頼んで私たちを探させたのなら、今度はお別れを言うためじゃないのかもしれないよ」
私は娘を見つめた。
「戻りたい?」
「まずは日の出を見たい」
ストレスを感じると、私の吃音はいつも戻ってきた。
目の前の渓谷がゆっくりと黄金色に染まり始めた。
ヘイリーは私の肩に頭を預けた。
そして、小さな声で言った。
「よし。もう行ってもいいよ」
6時間後、私はヘイリーと一緒に、カーター医師の診察室へ足早に入っていった。
私が椅子に座るよりも先に、彼は立ち上がった。
「怖い思いをさせてしまって、申し訳ありません」
「娘を探すために、公園の管理官まで呼び出したんですよね」
「あなたに連絡がつかなかったんです」
「それなら、なぜ私たちをここに呼んだのか、説明してください」
彼はヘイリーに目を向けた。
「昨日の午後、ドイツの研究チームから電話があったからです」
ドイツ。
その言葉だけでも、私が予想していた以上の何かが起きていることは分かった。
けれど、カーター医師はまだ、すべてを話したわけではなかった。
ヘイリーが眉をひそめた。
「ドイツ?」
「どうして私のことを知っているの?」
カーター医師はほんの一瞬、ためらった。
「あなたの症例は、以前から専門医たちの間で共有されていました」
私はすぐに、その言葉を聞き逃さなかった。
「専門医たち?」
しかし彼は、すでにヘイリーの診療記録を開いていた。
「今、大切なのは、その研究チームから返事があったということです」
「彼らは、ヘイリーと似た特徴を持つ患者を対象に、新しい治療法を研究する初期段階の臨床試験を行っています。ヘイリーの症例は、最初の審査を通過しました」
私は椅子の肘掛けを強く握りしめた。
「何を言おうとしているんですか?」
「ヘイリーが参加資格を満たしている可能性がある、ということです」
「まだ追加の検査が必要ですし、保証はありません」
ヘイリーが尋ねた。
「それで、私の病気は治るの?」
「それを約束できる人は誰もいません」
「研究者たちは、病気の進行を遅らせられる可能性があると考えています。もしかしたら、進行を止められるかもしれません。今の段階では、それだけでも大きな成果です」
私は、自分の中に危険な感情が湧き上がるのを感じた。
希望だった。
私はいつの間にか、希望を抱くことさえ、悪い知らせと同じくらい恐れるようになっていた。
そして、まだ聞かされていないことがあった。
それは、私に答えよりも多くの疑問を残すことになる。
「いつ出発すればいいんですか?」
胃がぎゅっと締めつけられた。
「それに、ドイツまでの旅費をどうやって払えばいいんですか?」
カーター医師は、すぐには答えなかった。
「渡航費、宿泊費、そしてプログラムに関連する費用は、すでにすべて手配されています」
「ドイツまでの費用を、どうやって払えばいいのかと聞いているんです」
その瞬間、私は理解した。
彼が何よりも伝えにくそうにしていたのは、まさにその部分だったのだ。
「あなたには伝えないように頼まれているんです」
私は立ち上がった。

「私たちを見つけるために国立公園にまで連絡したのに、何万ドルものお金を娘のために払っているのが誰なのか、それすら教えられないんですか?」
「あなたがそう感じるのも無理はありません」
「ママ……」
ヘイリーが小さくつぶやいた。
私は自分を落ち着かせ、もう一度椅子に座った。
「その人は、いつから関わっているんですか?」
カーター医師はためらった。
「何年も前からです」
まさに、それこそが彼の伝えにくかったことだった。
「その人は専門医たちに連絡を取っていました。研究資料を送っていました。そして、ヘイリーの症例が専門家たちの間で検討され続けるようにしていたんです」
その答えは、お金の話よりも私を不安にさせた。
ヘイリーの病状がどれほど深刻だったのか、最初の数か月から知っていた人は、ほとんどいなかったはずだ。
その夜、私は病院近くのモーテルでリストを作った。
ヘイリーは別のベッドから私を見ていた。
「謎の支援者を調べているの?」
「誰が、あんなに早い段階であなたの診断を知っていたのか、理解しようとしているの」
彼女は少し考えた。
「レイチェルおばさん?」
私はまた一つ、名前をリストから消した。
ヘイリーは、私が名前を消していく様子を見つめていた。
「ママ、もしかしたら、ママは違う質問をしているのかもしれないよ」
私は顔を上げた。
「どういう質問をすればいいの?」
「どれだけお金を持っている人なのか、じゃなくて」
彼女は肩をすくめた。
「何年もずっと、私のことを大切に思って、探し続けてくれたのは誰なのか、ってこと」
紙に残った名前は、もうわずかだった。
3日後、ドイツから連絡があり、ヘイリーが最終検査を受けるために渡航できることが正式に確認された。
カーター医師は私に書類の束を渡した。
「同意書、医療情報の要約、渡航に関する案内です」
私は彼の机の上にある書類にざっと目を通した。
「アパートは誰が予約したんですか?」
「研究コーディネーターが、ほとんどの手配を担当しました」
彼は私に、警告するような視線を向けた。
そのとき、私は一枚の書類に目を留めた。
そこには、こう書かれていた。
緊急連絡先および費用負担者
太い黒い帯が、記入欄のほとんどを覆い隠していた。
しかし、書類を黒塗りにした人物は、一つの項目を見落としていた。
緊急連絡先および費用負担者
カーター医師の表情を見ただけで、彼が口を開く前にすべてが分かった。
「申し訳ありません」
私は勢いよく椅子を押し戻した。椅子は壁にぶつかった。
「い、いいえ。あなたは、あの人が何と言ったのか知っているんでしょう」
ヘイリーは私たちを交互に見た。
「パパが、全部のお金を払ったの?」
私は答えようとした。
けれど、言葉が喉につかえて出てこなかった。
「何年も姿を消しておいて、今さらお金を払えば、私たちの人生に戻れると思っているの?」
カーター医師は首を横に振った。
「彼は、自分の名前を出さないよう、はっきりと希望していました」
「そ、それって、もっとひどいじゃない!」
彼は、自分の名前を出さないよう、はっきりと希望していた。
ヘイリーは、書類に記されたイーサンの名前を見つめ続けていた。
「パパが何をしてきたのか、知りたい」
イーサンが今でも私にこれほどの影響を与えることが、私は嫌だった。
けれど、今回の怒りは、もう私自身のためだけのものではなかった。
ヘイリーにも、真実を知る権利があった。
残された疑問は、ただ一つだった。
イーサンは、この何年もの間、本当は何をしていたのだろう?
何年も前、私たちが最後に口論したときのことだ。
私はキッチンに立っていた。
イーサンは荷物をまとめていた。
「こんな生活には耐えられないんだ、クレア」
「そ、そんなことを言って、こんなふうに出ていかないで」
私はあまりにも怒っていた。
吃音のせいで、本当に伝えたかった言葉がすべて喉の奥に飲み込まれてしまった。
私は言葉を絞り出そうと必死になっていた。
その間に、彼は出ていった。
そして今も、彼の名前を聞くだけで、あのときとまったく同じことが起きていた。
「あなたが知らないことがあるんです」
カーター医師が言った。
私は彼を見た。
「イーサンが私に連絡してきたのは、2年前です」
「2年前?」
「私に連絡する前にも、すでに別の専門医たちに連絡していました」
「ボストン、トロント、チューリッヒ、ベルリンです」
「彼は研究資料を送り続け、ヘイリーの症例に当てはまるものがないか、何度も尋ねていました」
ヘイリーは彼をじっと見つめていた。
「パパは、ずっとそんなことをしていたの?」
「完璧ではありませんでした。定期的に続けていたわけでもありません。でも、何年も前からです」
私は病院の駐車場からイーサンに電話をかけた。
「クレア? ヘイリーに何かあったのか?」
「ドイツの研究チームが……」
「バーチ・ストリートのカフェに来て。30分後に」
私は、イーサンに聞きたいことは一つだけだと思っていた。
しかし、そのカフェを出る頃には、お金のことが、最も理解しやすい問題になっているとは思いもしなかった。
イーサンは、すでに私を待っていた。
彼の視線がテーブルに落ちた。
「パニックになっていたんだ。みんながもう受け入れるしかないと言う中で、ヘイリーの状態がどんどん悪くなっていくのを、ただ見ていることなんてできなかった」
「違う。みんなが見落としている何かがあるんじゃないかと思って、探し始めたんだ」
「電話を使えばよかったでしょう」
「使ったよ。何百回もかけた。君は僕をブロックした。別の番号からかけるたびに、それもブロックされた」
彼は深く息を吸った。
「仕事も、行けるところならどこでも探した。アリゾナ、ネバダ、しばらくはドイツにもいた」
そして身を乗り出し、バッグから古びて傷んだ書類の束を取り出した。
彼は答える代わりに、それを私のほうへ滑らせた。
ボストン。
トロント。
チューリッヒ。
ベルリン。
メールの記録。
応募書類。
不採用の通知。
私が名前を知っている医師もいれば、聞いたこともない医師もいた。
最も古い記録の日付は、彼が出ていってから半年も経っていない頃だった。
「いつか、誰か一人でも、無理だと言うのをやめてくれるんじゃないかって、ずっと期待していたんだ」
私は書類を閉じた。
「でも、あなたが父親であることをやめた理由にはならないわ」
彼は目を伏せた。
「一度、戻ったことがあるからだ」
「4年前だ。君が仕事に出ている間に、ヘイリーに会った」
私の胃がぎゅっと締めつけられた。
「何ですって?」
「スイスの治療プログラムを見つけたんだ。今度こそ違うと思った。ヘイリーに、もしかしたら助けてもらえるかもしれないと伝えた」
「それで、また出ていったの?」
「彼女が参加する前に、そのプログラムは資金を失ってしまった」とイーサンは説明した。「そのことを伝えたら、彼女はこう言ったんだ。『だったら、また別の“もしかしたら”を持って戻ってこないで』って」
「それだけで、また姿を消したの?」
「違う」
彼は目を伏せた。
「でも、そうすることにしたんだ」
「彼女の望みを尊重しているんだと、自分に言い聞かせた。本当は、もう一度彼女を失望させることが怖かっただけなんだ」
「つまり、父親でいることをやめたのね?」
「君にそうしてほしいと頼んだわけじゃない」
彼はさらに深くうつむいた。
「彼女から離れている時間が長くなるほど、戻るのが難しくなった。最後には、彼女と過ごす時間をまた失うことより、自分がしてしまったことと向き合うことのほうが怖くなっていたんだ」
「あなたはヘイリーを守っていたわけじゃない」
彼は私を見た。
「自分自身を守っていただけよ」
しばらくの間、私たちは何も話さなかった。
やがて、彼は小さな声で言った。
「許してほしいとは言わない」
彼は何かを付け加えようとした。
けれど、今度は誰も私に、ゆっくり話すように言う必要はなかった。
私は深く息を吸い、言葉が出てくるまで呼吸を整えた。
「あなたには、治療法を探す権利があった」
私は一度、言葉を切った。
「でも、私たちを見捨てる権利はなかった。失敗するのが怖いというだけで、ヘイリーから父親を奪う権利もなかったのよ」
彼は目に涙を浮かべながら、うなずいた。
「君の言うとおりだ」
私は何年もの間、彼がそれを認める日を待ち続けていた。
それでも、彼のしたことが消えるわけではなかった。
けれど、ようやく私は、これからヘイリーに何が必要なのかに集中できるようになった。
1週間後、私とヘイリーはドイツ行きの飛行機に乗った。
イーサンはアメリカに残った。
それはヘイリー自身が望んだことだった。
「パパとは話したい。でも、大げさな再会なんてしたくないの」
空港で、ヘイリーはそう言った。
最初の1か月は、過酷なものだった。
新しい血液検査を受けたあと、ヘイリーはベッドに倒れ込んだ。
「ドイツなんて大嫌い」
「昨日は気に入っていたじゃない」
「昨日のドイツはケーキをくれたの。今日は血を6本も取ったのよ」
イーサンは毎週日曜日に電話をかけてきた。
ある日の午後、ヘイリーはスマートフォンの画面に表示された彼の名前を見つめていた。
やがて、彼女は電話に出た。
「もしもし、パパ」
それから3か月後、医師は新しい画像検査の結果を私たちに見せてくれた。
「病気の進行は止まっているようです」
私は息をのんだ。
「今のところは、ですが。それに、わずかな改善も見られます」
ヘイリーは医師を見つめた。
「じゃあ、私は治ったの?」
「いいえ、まだそう言うことはできません」
彼女は私の手を握りしめた。
「でも、これ以上悪くなっていないんだよね?」
私は、娘よりも先に泣き始めてしまった。
病気の進行は止まっているようだった。
6か月後、私たちは再びグランドキャニオンを訪れた。
イーサンは一緒ではなかった。
彼とヘイリーは、ゆっくりと関係を修復しているところだった。電話を一本、ぎこちない面会を一度。その積み重ねで。

私とイーサンがよりを戻すこともなかった。
彼がどれほどの傷を残したのか理解したからといって、その傷が消えるわけではない。
けれど、その朝、ヘイリーは座り込む必要もなく、私の隣に立っていた。
空はピンク色に染まり、やがて黄金色へと変わっていった。
私たちは、再びグランドキャニオンにいた。
「前に来たときは、公園の管理官が日の出を台無しにしたよね」
ヘイリーが言った。
私は笑った。
「結局、あの人のおかげで、もっと素晴らしい日の出になったけどね」
「今回は、また誰かが来ると思う?」
彼女は尋ねた。
私の最初の反応は、後ろを振り返ることだった。
けれど、今回は吃音が出なかった。
言葉を無理やり絞り出す必要もなかった。
ヘイリーは渓谷を眺めながら、微笑んだ。
「来なくていいよ」
初めて私は、この先に何が起きるのか、知る必要がないと思えた。
