父は、私が経済的に苦しい生活を送っていたにもかかわらず、5年間も家賃を請求し続けた。私は次第に父を恨むようになっていた。ところが、父の葬儀の後、父の親友が私にある箱を手渡した。その箱の中身は、私が父について知っていると思っていたすべてを覆すものだった。
母が亡くなる前、我が家にはいつも音楽があふれていた。
父は夕方になると、リビングのソファに座ってギターを弾き、母はキッチンから歌声を響かせていた。
「ほら、一緒に歌おう」
母は時々、木べらをマイク代わりにして、私が歌詞を忘れてしまうほど笑わせてくれた。
「ほら、相棒。次はお前の番だ」
父はそう言いながら、自分の隣の席をポンポンと叩いた。
私はおもちゃのギターを抱えてソファによじ登り、何千人もの観客の前で演奏しているつもりになっていた。
しかし、私が9歳のときに母が亡くなると、音楽は我が家から消えてしまった。
父はギターを片づけ、残業を増やした。疲れ切って帰宅し、ほとんど口をきかなくなった。
冷蔵庫には食べ物を切らさず、学校に提出する書類にはサインしてくれた。けれど、私の一日がどうだったのか、尋ねることはほとんどなかった。
「新しい靴を買ってもいい? 今の靴、水が入ってくるんだ」
ある日、私がそう尋ねると、父は夕食を食べながら顔も上げずに答えた。
「靴下をもう一枚履けばいいだろ」
私には父親がいた。
けれど、父親らしいことをしてくれることはほとんどなかった。
12歳のとき、私は引き出しの中から古い写真を見つけた。
そこには、ギターを手にステージに立つ父が写っていた。肩まで伸びた髪が顔の周りに揺れ、観客たちが歓声を上げていた。
「お父さん、バンドをやってたの?」
「ずっと昔の話だ」
「バンドの名前は? アルバムも出したの?」
父は写真をひったくるように取り上げた。
「質問はもう終わりだ」
それでも、私の好奇心は消えなかった。
ある晩、私は父に尋ねた。
「有名なミュージシャンになりたいと思ったことはある?」
父はコーヒーを見つめたまま答えた。

「昔は夢だった。でも、俺の時間はもう終わった。お前がその夢を受け継いでくれるかもしれないな」
当時の私は、その言葉の意味がわからなかった。
16歳になる頃には、私は独学でギターを覚え、自分で曲を書き始めていた。
音楽制作を学び、いつか自分のアルバムを作る。それが私の夢だった。
進学したい音楽学校のパンフレットを父に見せたとき、父はろくに目も通さなかった。
「音楽じゃ生活費は稼げない。ちゃんとした仕事に就け」
「でも、お父さんだって音楽をやってたじゃないか!」
「その結果が今の俺だ」
父はそう言い残して立ち去った。
その夜、私は父が古いギターのそばに立っているのを見かけた。
一瞬、父がギターを手に取るのではないかと思った。
しかし、父は明かりを消し、そのまま寝室へ向かった。
18歳の誕生日、父は朝食のテーブル越しに一枚の紙切れを押しやってきた。
「お前の部屋代として、毎月250ドル払え。支払いは毎月1日だ」
私は信じられない思いで父を見つめた。
「もう大人なんだからな」
「実の息子から家賃を取るの?」
「今日は俺の誕生日なんだよ、父さん」
「なら、これを責任というものを学ぶ最初の授業だと思え」
私は父が冗談だと笑ってくれるのを待った。
けれど、父は何事もなかったかのようにコーヒーを飲み続けた。
私はすでにアルバイトをしていたが、食料品店で商品の棚を整理する仕事のシフトをさらに増やさなければならなかった。
家賃、食費、ガソリン代、その他の出費を払うと、ほとんどお金は残らなかった。
少し貯金できたと思えば、すぐに別の出費が発生した。
車が故障したり、勤務時間を減らされたり、仕事用の靴がすり減って使えなくなったりした。
その一方で、父は時々ビールを買ったり、新しい釣り道具を買ったりしていた。
「趣味に使えるお金があるなんて、いいよな」
ある日、私は思わずつぶやいた。
父には聞こえていた。
「お前も十分に働けば、そうなれるさ」
19歳になった頃、私はようやく中古のマイクとオーディオインターフェースを買えるだけのお金を貯めた。
寝室の壁に毛布を張って音響を調整し、自分の曲を録音するようになった。
ある夜、父が部屋のドアのところに現れた。
「その騒音を小さくしろ。明日は仕事なんだ」
「もうすぐ終わるから」
「音を下げろと言ったんだ」
私はヘッドホンを外した。
「僕が本当に好きなことをしてるのを見るのが、そんなに嫌なの?」
「お前が、俺と同じように人生を無駄にしていくのを見るのが嫌なんだ」
その言い争いは、私が寝室のドアを思い切り叩きつけたことで終わった。
壁に掛かっていた写真が床に落ちるほどの勢いだった。
やがて、私は曲を録音する回数を減らしていった。
ほとんどの日、ギターはケースにしまったままだった。それでも、父が出かけているときだけは演奏を続けていた。
父の親友であるフランクは、ときどき我が家を訪れた。
二人は時々、工具や古い機材を持って出かけていった。私はフランクのガレージで何か作業でもしているのだろうと思っていた。
23歳になる頃には、父と私はほとんど言葉を交わさなくなっていた。
廊下ですれ違っても、まるで他人同士のようだった。
私は毎月、キッチンのテーブルに250ドルを置いていた。
時々、父が私をじっと見つめていることに気づいた。
それでも、父が何かを話しかけてくることはなかった。
父が家賃を取り始めてから5年後、父は癌で亡くなった。
私は何度も、この家で一人きりで暮らせる日が来ることを想像していた。
ところが、葬儀を終えて家に戻ると、玄関のそばに置かれた父の作業靴を見つめたまま、私は動けなくなった。
その靴を片づけることさえできなかった。
父の最期の一週間、私たちはほとんど話をしなかった。
最後に交わした会話も、キッチンの蛇口から水が漏れているという話だった。
もう二度と、父と話すことはできない。
その日の夕方、誰かが玄関のドアをノックした。
フランクだった。
彼はテープで封をされた段ボール箱を抱えていた。
「お前の父さんから預かっていたものだ」
彼はキッチンのテーブルに箱を置いた。
「亡くなった後にだけ、これを開けさせてくれって言われていた」
私は皮肉っぽく笑った。
「何だよ? 僕が払った家賃を、一ドル残らず貯めていたとでもいうの?」
フランクは真剣な表情を崩さなかった。
「中を見るまでは、決めつけないほうがいい」
私はテープを乱暴に引き剥がし、箱を開けた。
最初は、フランクが箱を間違えたのかと思った。
中には、バンドのワッペンや楽屋の通行証、ギターピック、父が演奏している写真で飾られた古い革のベストが入っていた。
そして、その下から母の写真が出てきた。
母は父の隣に立ち、父がギターを弾く姿を笑顔で見つめていた。
そこに写る父は、私が14年間見たことのないほど幸せそうだった。
リビングで家族一緒に音楽を楽しんでいた、あの頃の記憶が一気によみがえった。
私は父の椅子に崩れ落ち、激しく泣き始めた。
フランクが私の体を支えなければならないほどだった。
彼は私が落ち着くまでそばにいてくれた。
それから、何も言わず静かに帰っていった。
写真を箱に戻そうとしていたとき、私はベストの下に何か金属のようなものがあることに気づいた。
それは鍵だった。
小さなタグが付いていて、そこには見覚えのない住所が書かれていた。
私は鍵を裏返し、何か手がかりがないか探した。
何もなかった。
箱の中には、説明するためのメモさえ入っていなかった。
私はジャケットと車の鍵をつかんだ。
住所が示していたのは、町のはずれだった。
倉庫街を抜け、廃業したガソリンスタンドを越えた先に、その場所はあった。
生まれてからずっとこの町に住んでいたのに、私はこの辺りに来た記憶がなかった。
もう一度、鍵のタグを確認した。
住所は間違いなかった。
「父さん、こんなところで何をしていたんだ?」
私は小さくつぶやいた。
建物の周りを歩き、手がかりを探した。
看板はなく、駐車している車もなかった。窓から中をのぞいても、何も見えなかった。
入口のそばに、きれいなウェルカムマットが敷かれていることを除けば、完全に放置された建物のように見えた。
私は鍵を差し込んだ。
鍵はあっさり回った。
私はためらった。
父について、知らないままでいたほうがよかったことを知ってしまうのではないかと怖くなったのだ。
それでも、私はドアを開け、明かりをつけて中に足を踏み入れた。
そして、その場で凍りついた。
目の前に広がる光景が、すぐには理解できなかった。
壁には黒い吸音パネルが張られていた。
部屋の片隅には大型のミキシングコンソールがあり、その周囲にはスピーカーやコンピューターのモニターが並んでいた。
ギターアンプのそばにはマイクが立ち、ガラスで仕切られた向こう側にはドラムセットが置かれていた。
そこは、レコーディングスタジオだった。
私はゆっくりと奥へ進み、ミキシングコンソールに指先で触れた。
すべてが驚くほどきれいだった。
まるで、誰かが定期的に手入れをしているかのようだった。
「父さん?」
私はささやいた。
まるで、返事が返ってくることを期待しているかのように。
そのとき、壁一面に飾られた写真やコンサートのポスター、新聞の切り抜きが目に入った。
一枚の写真には、20年前の若い父が写っていた。
明るいステージライトの下で、ギターを高く掲げていた。
別の写真には、ステージに向かって手を伸ばす大勢の観客が写っていた。
私は新聞の切り抜きを手に取った。
「地元ロックバンド、リバーサイド劇場で3週連続の満員公演」
私はその見出しを二度読み返した。
父は満員の観客を前に演奏していたのだ。
人々は父の演奏を見るために、お金を払っていた。
それなのに、父は私に一度も話してくれなかった。
「どうして、こんなことを隠していたんだよ……」
私は小さくつぶやいた。
楽器の並ぶ場所へ近づいた。
エレキギター、キーボード、プロ仕様の録音機材が部屋を埋め尽くしていた。
その中には、私のアルバイト代の3か月分以上もするオーディオインターフェースもあった。
そして、キーボードの隣に置かれたものが目に入った。
黒く傷だらけのギター。
ネックの近くには、小さな銀色の星のシールが貼られていた。
私のギターだった。
16歳のとき、中古で買ったものだ。
父との言い争いが耐えられなくなるまでは、ほとんど毎日のように弾いていた。
やがて部屋を片づけている最中に姿が見えなくなり、私はうっかり捨ててしまったのだと思っていた。
ところが、ここにあった。
しかも、新しい弦が張られていた。
私はギターを手に取り、隅々まで確かめた。
ブリッジの近くにあったひび割れまで、きれいに修理されていた。
胸が締めつけられた。
そのとき初めて、私は考えた。
もしかすると、父は自分以外の誰かのために、このスタジオを作ったのではないだろうか。
私のために。
でも、どうして?
そして、なぜ父は音楽を憎んでいるかのように振る舞っていたのだろう?
私はギターをそっと元のスタンドに戻した。
ミキシングコンソールの隣に、小さなUSBメモリが置かれていた。
私はそれを手に取った。
貼られたテープには、父の筆跡で二つの言葉が書かれていた。
「俺たちのバンド」
私はUSBメモリを近くのコンピューターに差し込んだ。
中には、動画が一つだけ保存されていた。
私は再生ボタンをクリックした。
画面がちらつき、画質の粗い映像が映し出された。
狭いガレージで、4人の若者がリハーサルをしていた。
そこには父がいた。

肩よりも長い髪を揺らし、耳の後ろにタバコを挟んでギターを弾いていた。
「おい、フランク! もっとしっかり叩け!」
父がドラムを叩くフランクに向かって叫んだ。
「うちのばあちゃんのほうが、もっとリズム感があるぞ!」
「だったら、お前のばあちゃんをバンドに誘えよ!」
その場にいた全員が大笑いした。
映像はライブの様子や楽屋での風景、リハーサル中のおかしな出来事へと切り替わっていった。
ある場面では、父がスピーカーから飛び降りようとして、見事に尻もちをついた。
別の場面では、ベーシストが飲み物の載ったトレーをひっくり返した。
私は涙が出るほど笑った。
こんな父を、私は一度も知らなかった。
生き生きとしていて、面白くて、思ったことを遠慮なく口にする男。
朝食のテーブルで向かい合っていた、無口な父とはまるで別人だった。
そのとき、動画が突然止まった。
画面が真っ暗になった。
数秒後、そこに父が現れた。
映っていたのは、昔の若きミュージシャンではなかった。
その日の朝、私たちが葬儀を終えたばかりの父だった。
父は同じスタジオに座っていた。
顔はやつれ、癌のせいで髪の毛もほとんど残っていなかった。
「よう、相棒」
私は息をのんだ。
父はもう一度口を開く前に、自分の手を見つめた。
「俺は昔から、こういうことが苦手なんだ。自分の気持ちを話すことがな。お前が一番よく知っているだろう」
父は無理に笑おうとした。
「まず最初に言いたいのは……すまなかった、ということだ」
私はミキシングコンソールを強く握りしめた。
「お前にまともな生活をさせることばかり考えていた。なのに、大切なことを忘れてしまったんだ。人生は、ただ請求書を払うためだけにあるんじゃない。自分が幸せになるためにもあるんだ」
父は首を横に振った。
「母さんが死んだとき、俺は怖くなった。必死に働いて、家を守って、お前が一人でも生きていけるようにしてやれば、それで父親としての役目を果たせると思っていたんだ」
父は少し黙った。
「でも、いつの間にか、自分がどうやってお前の父親でいればいいのか、わからなくなってしまった」
父が唾を飲み込むのが見えた。
私の目には涙があふれていた。
「少し前に、昔の録画を見返すようになったんだ。ただ懐かしかったんだろうな。それで、自分がどれほど音楽を愛していたか、演奏することがどれほど楽しかったかを思い出した」
「そして、お前がギターを弾いていたときの顔も思い出したんだ」
父は目元をぬぐった。
「そこで気づいたんだ。俺は何年もの間、自分の人生をかつて輝かせてくれたものから、お前を必死に遠ざけようとしていたんだとな」
父はしばらく黙っていた。
「その頃には、俺たちは何年もまともに話をしていなかった。すべてをお前に話したかった。でも、どう思われるかが怖かったんだ」
「高価な贈り物を渡して、お前の許しを買おうとしている。そんなふうに見えるんじゃないかと思ってな」
父はスタジオの中を手で示した。
「だから、決めたんだ。俺が死んだ後でだけ、フランクにあの箱をお前に渡してもらうことにした」
「お前に、何かを返さなきゃいけないと思ってほしくなかったんだ。俺を許す必要もない。感謝する必要もない。電話一本かけてくれる必要さえないんだ」
父は震える息を吸い込んだ。
「この場所は、お前のものになる。ここで音楽を作ってもいい。機材を売ってもいい。別のことを始めてもいい。お前が幸せになれることをすればいいんだ」
父は少しだけ笑った。
「もう俺は、お前のやり方が間違っているなんて口出しできないからな」
父はしばらくカメラを見つめていた。
そのとき、誰かが画面に入ってきた。
フランクだった。
彼は父の肩に手を置いた。
「俺たちがついているぞ、相棒」
さらに2人の男が加わった。
私はスタジオの壁に飾られた写真で、彼らの顔を見たことがあった。
ベーシストがにやりと笑った。
「それに、お前がいなくなったら、新しいギタリストが必要になるからな」
「ボーカルも必要だな」とドラマーが付け加えた。「できれば、高音をちゃんと出せるやつがいい」
父は顔をぬぐいながら笑った。
「聞いたか、息子よ? こいつら、もう俺の後釜を探しているらしいぞ」
父は昔のバンド仲間たちを見て、それから再びカメラに向き直った。
「でも、真面目な話だ。こいつらは俺の人生の大半を一緒に過ごしてきた友達だ。お前が音楽をやってみたいなら、きっと力になってくれる」
「もし音楽をやりたくないなら、それでもいい。こいつらはお前の選択を尊重してくれる」
男たちは画面の外へ移動し、父だけが残った。
「最後にもう一つ。ミキシングコンソールの下にある引き出しを開けてみろ。お前が始めるために必要なものを入れておいた」
父の声が震えた。
「もっといい父親になりたかった。もっと一緒に過ごす時間が欲しかった」
父は目を伏せた。
「でも、何よりも、お前のことをどれほど誇りに思っているか、ちゃんと伝えておきたかった」
父の頬を一筋の涙が伝った。
「愛しているよ、息子。ずっと昔から、今までも、これからもな」
父はカメラに手を伸ばした。
「さよなら、相棒」
画面が真っ暗になった。
私は身動き一つできずに座っていた。

やがて体を前に折り曲げ、葬儀のとき以上に激しく泣き崩れた。
どれほど時間が経ったのかわからない。
ようやく落ち着くと、私はミキシングコンソールの下にある引き出しを開けた。
中には木箱が入っていた。
箱の中には、きれいに並べられた封筒がぎっしりと詰まっていた。
それぞれの封筒には、月と年が記されていた。
私は一つを開けた。
中には100ドル札が2枚と、50ドル札が1枚入っていた。
次の封筒にも、まったく同じ金額が入っていた。
封筒は全部で60通あった。
5年間、私が毎月支払っていた250ドルの家賃。
合計1万5000ドル。
その一番上には、父の手書きのメモが置かれていた。
「お前が自分で稼いだ金だ。俺のように、自分のチャンスを無駄にするな」
私はその紙を胸に押し当てた。
5年間、私は父が毎月250ドルずつ、私の未来を奪っているのだと思っていた。
けれど実際には、父は父なりの、頑固でひどく不器用なやり方で、私の未来を取り戻そうとしていたのだ。
私は真っ暗になったコンピューターの画面を見つめた。
「ありがとう、父さん」
私は小さくつぶやいた。
「ただ……生きているうちに、そう言ってほしかったよ」
