夫はいつも「仕事だ」と言って帰りが遅かった。結婚記念日のディナーが夜中近くまで手つかずのまま残されていた夜、私は旧姓を使って予約を入れた。
ちょっとした秘密が見つかるくらいだと思っていた。
ところが夫のマルコのオフィスに入ると、そこには女性用のドレスが並ぶラック、ウィッグ、ハイヒール、三脚に取り付けられたカメラがあった。そしてマルコの手にはメジャーが握られていた。
彼が振り返り、私を見るなり固まった。
⸻
私が部屋に入ったとき、マルコはメジャーを手にしていた。
最初に目に入ったのは、それだった。
彼の後ろには女性用の服が並んだラック。
その周りにはハイヒールと、丁寧にセットされたウィッグ。
近くには全身鏡。
そして三脚に設置されたカメラ。
数秒間、頭の中が完全に停止した。
マルコは私に背を向け、マネキンに何かを調整していた。
私はハンドバッグを握りしめたまま、入口に立ち尽くした。
「マルコ?」
彼が振り返った。
顔から血の気が引いていく。
「……ジ、ジジ?」
手からメジャーが落ちた。
私はもう一度、部屋を見回した。
クリーム色のブラウス。
黒いドレス。
ハンドバッグ。
メイク用のスペース。
マネキンの頭に乗せられた三つのウィッグ。
「どうしてここに?」と彼は聞いた。
思わず笑いそうになった。
「最初に聞くことが、それ?」
マルコが一歩近づいた。
「ジジ、説明できる」
「あなた、病院で働いてるって言ってたわよね」
「働いてる」
「あなたのオフィスに女性用のハイヒールがある」
「見れば分かる」
「ウィッグも」
沈黙。

「カメラまである」
「見えてるよ、ジジ」
私は床に落ちたメジャーを指さした。
「じゃあ、まずあれから説明して。どういう言い訳なら、あれを納得できる説明になるのか聞きたいわ」
マルコは目を閉じた。
そのとき、ノックがした。
二人が反応する前に、一人の女性が部屋に入ってきた。
私と同じくらいの年齢か、少し年上だろう。
彼女は書類の入ったフォルダーを胸に強く抱きしめていた。
紙が曲がるほどに。
マルコを見るなり、彼女は首を振った。
「無理」
マルコが瞬きをした。
「何が無理なんだ、ダイアン?」
「行けない」
彼は時計を確認した。
「面接まであと二時間だ」
「分かってる」
「座って」
「マルコ……」
「座って」
怒鳴ったわけではなかった。
むしろ慣れた口調だった。
以前にも何度も同じやり取りをしてきたような。
ダイアンは椅子に腰を下ろした。
マルコが私を見た。
私は腕を組んだ。
「私は帰らない」
彼は一度だけうなずいた。
「分かった」
その答えに、私は驚いた。
結婚して三年間、私がマルコの仕事について聞くたび、彼は私の額にキスをして、こう言った。
「お願いだから、ジジ。仕事中はずっと仕事の話をしてるんだ。家くらいは仕事の話をしない場所にしたい」
けれど今日は初めて、私を外に置こうとしなかった。
マルコはダイアンに向き直った。
「この二十三年間、何をしてきた?」
彼女は彼を見つめた。
「何も」
マルコは表情を変えなかった。
「もう一度」
「ずっと家にいた」
「もう一度」
彼女の眉間にしわが寄った。
「子どもを三人育てた」
「そのあと?」
「家のことをしてた」
「それで?」
彼女の苛立ちが強くなった。
「マルコ!」
彼は笑った。
「いいね。怒ってるときの方が自信がある声になる。もう一度」
ダイアンは彼を睨んだ。
そして何かが変わった。
「家計を管理してた」
マルコはタイプし始めた。
「学校の予定を全部管理してた」
さらに入力する。
「母が六年間、認知症だった」
彼の手が止まった。
ダイアンは視線を落とした。
「通院の予約。薬。訪問介護。保険。全部私が管理してた」
マルコは再び入力した。
「続けて」
彼女は話し始めた。
業者とのやり取り。
学校行事。
資金集め。
医療書類。
請求書。
次から次へと起こる問題への対応。
十分後、マルコはノートパソコンを彼女の方へ向けた。
ダイアンは画面を見つめた。
「これ……私?」
マルコは椅子にもたれた。
「最初から、そうだった」
私は彼女の肩越しに画面を見た。
家計管理。
スケジュール管理。
取引先との調整。
イベント企画。
介護・生活支援の調整。
ダイアンが「何もしていない」と言っていたことに、突然、すべて仕事としての名前が与えられていた。
そして私は、予約を取る前に読んだレビューの一つを思い出した。
「マルコに人生を変えてもらいました」
胃の奥が冷たくなった。
疑いが強くなったからではない。
むしろ、マルコが隠していたものが、私が恐れていたようなものではないと理解し始めたからだった。
けれど、不思議なことに。
それでも秘密にされていた痛みが、軽くなるわけではなかった。

前の晩。
私は夜十一時四十七分まで、結婚記念日のディナーを待っていた。
マルコの好きなパスタを作った。
キャンドルを二本灯した。
ワインを開けた。
八時、彼からメッセージが来た。
「緊急の用事。ごめん」
九時、私はソースを温め直した。
十時五分、キャンドルを一本消した。
十一時十五分、すべて容器に移した。
マルコが帰宅したのは深夜を過ぎてから。
彼が見つけたとき、私はソファで眠っていた。
翌朝、彼は私の額にキスをした。
「埋め合わせするよ、ダーリン」
私は笑った。
そして彼が出かけたあと、私は彼の名前をネットで検索した。
病院のページが出てくると思っていた。
代わりに見つかったのは、予約サイトだった。
レビューのほとんどは女性が書いていた。
「マルコに人生を変えてもらいました」
「怖かった。でも、また自分を美しく感じられるようにしてくれた」
「夫には、私がここへ行ったことをまだ話していません」
そして、マウスを握った手が止まる一文を見つけた。
「女性のみなさん、信じてください。彼に払うお金には、それだけの価値があります」
私は旧姓を使って、一番早い時間の予約を取った。
最初は、ちょっとした冗談のつもりだった。
働きすぎの夫を、妻が驚かせる。
けれど町外れの普通のオフィスビルに着いた瞬間、その気持ちは消えた。
病院のロゴはない。
医療機関の看板もない。
ただ、完璧なジャケットを着た受付係が言った。
「マルコが間もなくお会いします」
待合室には私を含めて五人の女性がいた。
二十五歳くらいの女性。
七十歳近い女性もいた。
マルコの名前が出るたび、彼女たちは皆、同じような意味深な笑顔を浮かべた。
私が彼のオフィスのドアを開けるまでに、私はありとあらゆる可能性を想像していた。
ただし、正解だけは一度も思いつかなかった。
今、私は夫が見知らぬ女性の履歴書を作り直しているのを見ていた。
⸻
その後、ダイアンは着替え用のパーテーションの奥へ消えた。
出てきたとき、紺色のジャケットに黒いパンツを履いていた。
彼女は鏡の前に立った。
すぐに顔が曇った。
「太って見える」
マルコは何も言わなかった。
「髪もひどい」
それでも何も言わない。
「六十歳に見える」
マルコは立ち上がった。
そして鏡に近づくと、鏡を壁の方へ向けた。
ダイアンが驚く。
「マルコ!」
「ダイアン。面接官が面接するのは、君の反射じゃない」
彼は椅子を指した。
「座って」
彼女は従った。
次の二十分間、マルコは面接の質問を繰り返した。
「自己紹介をしてください」
彼女は言葉に詰まった。
「もう一度」
「なぜこの仕事を希望したのですか?」
話の途中で謝り始めた。
「もう一度」
「これまでに対応した困難な状況を教えてください」
今度、ダイアンは母親の介護をしながら、三人の子どもと家庭全体を管理していたことを話した。
声が少しずつ安定していく。
マルコは次の質問をした。
また次の質問。
やがて彼女は、マルコの顔を見て安心を求めることをやめた。
そのとき初めて、マルコは鏡を元に戻した。
「今、雇用主には何が見える?」
ダイアンは自分を見た。
同じジャケット。
同じ髪。
同じ自分。
でも、彼女はさっきよりまっすぐ立っていた。
しばらくして、彼女は小さく言った。
「……自分が何をしているか、ちゃんと分かっている人」
マルコは笑った。
「その通り!」
ダイアンは笑った。
そして泣いた。
泣いている自分がおかしくなって、また笑った。
別のレビューが頭に浮かんだ。
「また自分を美しく感じさせてくれた」
それは、マルコが女性たちに「あなたは魅力的だ」と言っていたという意味ではなかった。
彼女たちが、自分自身を「問題そのもの」のように見るのをやめさせていたのだ。
ダイアンは彼を抱きしめた。
マルコはすぐに少し離れ、フォルダーを彼女に渡した。
「仕事を勝ち取ってこい」
彼女は涙を拭いた。
「頑張る」
「違う」
彼はドアを開けた。
「怖いまま行け」
ダイアンが瞬きをした。
「え?」
「怖くなくなるまで待たなくていい。建物の中に入る前に、恐怖を消す必要なんてない」
彼女はうなずいた。
そして去っていった。
ドアが閉まった。
部屋には、私とマルコだけが残った。
しばらく誰も話さなかった。
私はもう一度、オフィスを見回した。
「いつまで奥さんに本当のことを話さないつもりだったの?」
マルコは視線を落とした。
「ジジ……」
「ここは何?」
彼は机にもたれた。
「女性の復職支援スタジオだ」
「女性のため?」
「ほとんどは」
「なぜ?」
彼が答えようとした。
でも私は手を上げた。
「待って。先に聞きたい。どうしてネットの女性たちは、あなたを秘密みたいに話してるの?」
また彼の顔から血の気が引いた。
「ジジ」
「ある人は、夫にここへ来ていることを知られたくないって書いてた」
「その人の夫は、彼女が働くには年を取りすぎていると思ってる」
私は動けなくなった。
「別の女性は離婚後、人生を立て直そうとしている。別の人は、失敗するのが怖すぎて、家族に仕事に応募していることすら言ってない」
私は彼を見つめた。
「その人たちの話は、あなたが私に話すものじゃなかった」
マルコはうなずいた。
「そうだ」
「でも、あなた自身のことは違う」
その言葉が刺さった。
彼は目をそらした。
私は一歩近づいた。
「私は旧姓で予約を取って、やっと夫が一日中何をしているのか知ったのよ」
彼の顔が沈んだ。
やっと傷ついたのだ。
そして私は、それでよかったと思った。
これは単なる誤解じゃなかった。
そのとき、私はパソコンの横にあるものに気づいた。
小さな青いプラスチックのコイン。
長い年月で表面がすっかり滑らかになっている。
私はそれを知っていた。
家では昔、小銭入れの器に入っていた。
「それ、何?」
マルコは私の視線を追った。
オフィスに入ってから初めて、本当に怯えたように見えた。
罪悪感ではない。
隠していたものを見られた人のような顔。
「ジジ……」
私は腕を組んだ。
「何?」
彼はコインを手に取り、指の間で転がした。
「これが、僕が全部を始めた理由なんだ」
私は待った。
「子どもの頃、放課後になると母とコインランドリーへ行っていた」
彼は青いコインを見つめた。
「父は僕が十一歳のときに出て行った。母は何年もずっと僕の世話をして家にいた。だから突然、仕事を探さなければならなくなった」
彼は息を飲んだ。
「ある日、母は面接から帰ってきて泣いていた」
私はゆっくり座った。
「何があったの?」
「面接官に、この何年間、何をしていたのか聞かれたんだ」
「お母さんは何て答えたの?」
マルコは笑った。
でもそこに楽しさはなかった。
「僕を育てていた、と」
彼はコインを指でひっくり返した。
「すると面接官は、『職業的には何をしていたんですか?』と聞いた」
私の怒りが少しだけ和らいだ。
「そのあと、僕たちはコインランドリーに座って、乾燥機が回るのを見ていた。母はずっと、『履歴書に書けることなんて何もない』と言っていた」
彼の声が低くなった。
「でも僕は思ったんだ。『そんなことない。母さんは全部やってる』って。ただ、当時の僕は、それを表す言葉を知らなかった」
請求書。
学校。
食事。
通院。
修理。
彼の母親は、すべてを管理していた。
マルコは青いコインを掲げた。
「何年も経ってから、その言葉を知った」
私はオフィスを見回した。
ドレス。
カメラ。
鏡。
メジャー。
もう何一つ怪しくは見えなかった。
すべてに意味があった。
そして、だからこそ次に言うことは、もっと難しかった。
「私、昨日何をしてたか知ってる?」
マルコはコインを握りしめた。
「ジジ……」
「夕食を作った」
「知ってる」
「違う。あなたは夕食があったことを知ってるだけ」
私は立ち上がった。
「テーブルを整えた。キャンドルを灯した。そして待った」
彼は目を落とした。
「ソースを九時に温め直したの、マルコ。十時にはキャンドルを一本消した」
「ジジ、ごめん」
「十一時には全部片づけた」
彼が近づいた。
私は手を上げた。
「あなたは一日中、女性たちに『あなたの時間には価値がある』って教えてる」
マルコは止まった。
私の声が震えた。
「じゃあ、私の時間はいつから価値がなくなったの?」
彼には答えがなかった。
それでよかった。
その答えのない時間に、彼には向き合ってほしかった。
ようやく彼が小さな声で言った。
「なくなったことなんてない」
「じゃあ、どうして私は夫を知るために予約を取らなきゃいけなかったの?」
彼の表情が崩れた。
マルコは椅子に座った。
「ここを始めた頃、周りの人たちは冗談にした」
「どんな冗談?」
「女性の服を着せて生計を立ててるのか、とか。中年女性が仕事を見つけることに、男がそこまで気にするのはおかしい、とか」
彼は両手で顔をこすった。
「だから、説明するのをやめた」
「それで?」
「説明しない方が、だんだん楽になった」
そこだった。
守秘義務が秘密になった。
秘密は習慣になった。
そして習慣が、私たちの間に壁を作った。
「仕事を家に持ち込まないことが、僕たちを守ることだと思っていた」
「あなたは仕事を外に置いてたんじゃない」
彼が私を見た。
「私を外に置いてたのよ」
部屋が静かになった。
そのとき、ノックがした。
ドアの前に若い女性が立っていた。
顔色は青白く、目に見えて震えている。
「マルコ、すみません。予約はないんですけど……面接が明日に変更になって」
マルコはすぐに立ち上がった。

彼が彼女の方へ行くのを見て、私は気づいた。
彼女の手が震えている。
「何か食べた?」と私は聞いた。
彼女が瞬きをした。
「え?」
「最後に食べたのはいつ?」
彼女の顔が赤くなった。
「昨日の朝です」
マルコが止まった。
彼は気づいていなかった。
私はスタッフ用のキッチンへ行き、クラッカーとフルーツを見つけて彼女の前に置いた。
「面接官だけでも十分怖いんだから、空腹で会いに行かなくていいの」
彼女は弱く笑った。
その後、マルコが履歴書を手伝い、彼女は鏡の前に立った。
「まだ準備できてる気がしない」
マルコが口を開いた。
でも、先に私が言った。
「じゃあ、怖いまま行けばいい」
彼女が私の方を向いた。
「え?」
「怖くなくなってから始めなきゃいけないわけじゃない。怖いままでも、始めていいの」
彼女は考え込んだ。
マルコが私を見た。
感心した顔じゃなかった。
初めて、私をちゃんと見たような顔だった。
⸻
その夜、私たちは家に帰った。
結婚記念日のパスタは、まだ冷蔵庫に残っていた。
マルコが鍵を取った。
私は、どこかに食事へ連れて行くつもりなのだと思った。
でも彼は冷蔵庫を開けた。
「これ、温めてもいい?」
「当然でしょ。あのソースに四十分もかけたんだから」
彼は笑った。
デザートは一晩で崩れていた。
パスタは本来より柔らかくなっていた。
マルコが一口食べた。
「すごくおいしい」
「昨日の方がおいしかったわ」
彼は顔をしかめた。
「……その通りだ」
しばらく、私たちは静かに食べた。
そして私は言った。
「冷めた夕食なら許せる」
マルコが顔を上げた。
「でも、自分の夫がどんな人なのか知るために予約を取らなきゃいけなかったって分かったことを、どう許せばいいのかは分からない」
彼はうなずいた。
言い訳はしなかった。
もう二度と残業しない、なんて大げさな約束もしなかった。
私はそんなものを望んでいなかった。
彼の仕事には意味がある。
私たちの結婚にも意味がある。
「君はいつでも待てる人だって、もう僕一人で決めない」
それなら、少し近かった。
彼のスマホが鳴った。
私たちは二人とも画面を見た。
マルコの手が、反射的にスマホへ伸びた。
そして止まった。
彼は私を見た。
「クライアントからだ」
「明日、面接?」
彼はうなずいた。
「十分だけ電話していい?」
私は時計を見た。
「十分」
マルコはテーブルを離れずに電話に出た。
電話の向こうで、女性がパニックになっていた。
私は断片的にしか聞こえなかった。
やがてマルコが尋ねた。
「何を聞かれるのが怖い?」
少し間。
「十五年のブランク?」
また少し間。
マルコがかすかに笑った。
「その十五年間、何をしてきた?」
沈黙。
そして彼はテーブル越しに私を見た。
私は、もう次に何が来るか知っていた。
子ども。
家計。
通院の予定。
長い年月をかけて積み重ねてきた、名前のない仕事。
マルコは電話を続けたまま、もう片方の手を私に差し出した。
私はその手を取った。
仕事の電話はまだ続いていた。
私たちの結婚には、まだ修復すべきことが残っていた。
何もかもが魔法のように解決したわけじゃない。
それでも食事は温かかった。
マルコは家にいた。
彼の手は、私の手の中にあった。
そして、長い時間を経て初めて。
私たちのテーブルで、誰かが一人きりで待っていることはなかった。
