第1部――存在するはずのないセーター
40年近くもの間、私はひとつの答えのない問いを抱えて生きてきた。
双子の妹は、どこへ消えたのか。
人生を重ねるうちに、いつの間にか薄れていく疑問もある。
けれど、この問いだけは決して消えなかった。
大学へ進み、結婚し、母になり、葬儀に参列し、誕生日を祝い、クリスマスの朝を迎え、眠れない夜を過ごす。
どんな幸せな瞬間にも、それは静かに私の心の片隅に存在していた。
――本当なら、ここにいるはずだった一人がいない。
妹のローラが姿を消したのは、私たちが16歳になった夜だった。
そして、それから40年後。
8歳の孫娘が、私の妹ローラのセーターを着て、キッチンに入ってきた。
私はカウンターで夕食の皿を拭いていた。
そのとき、ソフィーが弾むような足取りで入ってきた。
「おばあちゃん、見て!」
振り返った瞬間――
手から皿が滑り落ちた。
床のタイルにぶつかり、粉々に砕け散る。
「おばあちゃん!」
ソフィーが驚いて後ずさった。
けれど、私には彼女の声がほとんど聞こえなかった。
私の目に映っていたのは、ただ一枚のセーターだった。
柔らかなクリーム色の毛糸。
胸いっぱいに広がる、大きな黄色いヒマワリ。
そして、その花びらの一枚だけが、不思議な茶色をしていた。
息ができなくなった。
「……それを脱いで」
ソフィーが私を見つめた。
「え?」
自分でも、ひどく怯えた声だったと気づいた。
私は無理に声を落ち着かせた。
「お願い、ソフィー。そのセーターを脱いで」
明るかった彼女の表情が消えた。
「でも……ドリーがくれたの」
その名前には聞き覚えがなかった。
「ドリーって誰?」
「学校のお掃除をしている、新しい人」
心臓の鼓動がさらに速くなった。
私はソフィーの前にしゃがみ込んだ。
「どこかへ一緒に行こうって言われた?」
「ううん」
「このセーターのことは、誰にも言っちゃダメって言われた?」
ソフィーは慌てて首を横に振った。
「ただ、廊下で寒そうにしてる私を見たの。先生も一緒にいたよ。ドリーが『これ、借りていいよ』って」
それを聞いて、ひとつの不安は消えた。
けれど、もっと大きな疑問は残った。

ソフィーはゆっくりセーターを脱ぎ、私に渡した。
「私、怒られるの?」
「違うわ」
私は彼女の額にキスをした。
「あなたは何も悪いことをしていないのよ」
震える手で、私はセーターの襟を裏返した。
そこには、色あせた刺繍が残っていた。
赤い二つの文字。
L.M.
ローラのイニシャル。
私は椅子に座り込んだ。
突然、40年という時間が、たった一度の鼓動の中で消えた。
私は16歳に戻っていた。
1986年。
ローラと私は、知らない人が見れば見分けがつかないほどよく似ていた。
けれど、私たちを知る人なら、すぐに違いが分かった。
ローラは、私よりずっと声が大きかった。
勇敢だった。
そして、何より衝動的だった。
私はいつも、何でも一度考えてから行動するタイプだった。
ローラはよく笑って言った。
「私たち二人合わせて、やっと一人分のまともな人間ね」
16歳の誕生日。
母は何か月もかけて、私たちにお揃いのセーターを編んでくれた。
私のセーターには白いヒナギク。
ローラのセーターには、大きなヒマワリ。
母がローラのヒマワリを編んでいたとき、花びらの一枚に間違えて茶色の毛糸を使ってしまった。
それに気づいた母は、「半分ほどいて編み直そうか」と言った。
ローラは首を横に振った。
「嫌。これでいいよ」
そして私を見て、ニヤッと笑った。
「これならエメリアが私のを自分のだって言い張れないでしょ」
私はキッチンテーブルの向こうから、ローラにニンジンを投げた。
母は笑いすぎて、編み針を置かなければならなかった。
それが私の記憶の中の私たちだった。
笑って。
ふざけ合って。
これからも毎年、誕生日が来るのだと信じていた。
その夜、家には親戚が集まっていた。
父は外でハンバーガーを焼き、母はケーキを運んできた。
ローラは母が目を離すたびに、こっそりクリームをつまみ食いしていた。
午後9時ごろ。
ローラはヒマワリのセーターを手に取り、玄関へ向かった。
母の頬にキスをして、
「ちょっと外で空気を吸ってくる」
と言った。
出ていく前、ローラは私たちに、ケーキを一切れ残しておいてと頼んだ。
そして――
ドアが閉まった。
ローラは二度と、そのドアを開けて戻ってこなかった。
最初は、近所を歩いているだけだと思った。
10分が30分になった。
30分が1時間になった。
父は車で近所を探し回った。
母は友達に電話をかけた。
誰かが警察に連絡した。
真夜中になるころには、誕生日パーティーは捜索活動に変わっていた。
置き手紙はなかった。
荷物をまとめた形跡もない。
電話もなかった。
何もなくなっていなかった。
ただ――
ローラと、ヒマワリのセーターだけが消えていた。
それから何年もの間、突然ドアをノックされるだけで、私は胸が締めつけられた。
夜遅くの電話が怖かった。
スーパーでローラに似た女性を見かければ、振り返るまで後をついていった。
母は最後まで、ローラが戻ってくることを信じていた。
父は、やがてローラの話をしなくなった。
最初のうちは、捜索にも協力していた。
けれど、少しずつ心を閉ざしていった。
ローラの写真は箱の中へ消えた。
彼女の部屋も片づけられた。
ローラの名前を口にするだけで、父は部屋を出ていくことさえあった。
私は、悲しみのあまり父の心が固くなってしまったのだと思っていた。
母は、娘に何が起きたのか分からないまま亡くなった。
父は生き残った。
90歳になった今、父は自宅から車で20分ほどの老人ホームで暮らしている。
体は弱った。
けれど、頭は驚くほどはっきりしていた。
ソフィーがあのセーターを着て現れるまでは――
私は父の沈黙は、ただ痛みから来るものだと思っていた。

でも、ソフィーの次の一言が、すべてを変えた。
「ドリーがね、中を見てって言ってたよ」
私はソフィーを見つめた。
「中って?」
「セーター」
彼女はヒマワリを指差した。
「この花の下」
私は刺繍を調べた。
花の下の端に、私が16歳だった頃には気づかなかったほど小さな縫い目があった。
糸を一本ほどき、ニットのヒマワリの下に指を二本入れた。
何か硬いものが指先に触れた。
引っ張り出す。
小さな木製の飾りが、手のひらに落ちた。
――ヒマワリ。
私は息を止めた。
子供のころ、父は私たち姉妹のために小さな木の花を彫ってくれた。
私のものはヒナギク。
ローラのものはヒマワリ。
そして私は、それを最後に見た夜を覚えていた。
ローラが消えた、あの夜。
真夜中を過ぎても、父は玄関の灯りの下に立っていた。
その顔は、奇妙だった。
怒っているようにも。
怯えているようにも。
打ちのめされているようにも見えた。
父の手には、ローラの木製のヒマワリがあった。
私は聞いた。
「どうしてそれを持ってるの?」
父は答えなかった。
そして今。
40年後。
それがローラのセーターの中に隠されていた。
ソフィーが私の腕に触れた。
「おばあちゃん? どうして泣いてるの?」
私は彼女を見た。
「これはね……あなたのひいおじいちゃんが、私の妹がいなくなった夜に持っていたものなの」
ソフィーは眉をひそめた。
「じゃあ、どうしてドリーが持ってたの?」
私は小さな木のヒマワリを見つめた。
40年間。
私はその問いに、同じ言葉で答えてきた。
――分からない。
その日の午後、私は決めた。
もう二度と、その言葉を言いながら生きるのはやめよう、と。
⸻
※イメージは物語の内容を表現するためのものです。
第2部――私の名前を知っていた女性
私はソフィーの母親に電話をかけ、早めに帰宅してくれるよう頼んだ。
そしてセーターを助手席に丁寧に置き、ソフィーの学校へ車を走らせた。
受付でドリーを呼んでほしいと頼んだ。
受付の女性は、彼女は別の廊下でまだ仕事をしていると教えてくれた。
私は待った。
一分一分が、永遠のように長く感じられた。
やがて、二重扉の向こうから、一人の女性が清掃カートを押して現れた。
30代くらいに見えた。
彼女は私を見た瞬間、足を止めた。
視線がまず、私の腕に抱えられたセーターへ向かった。
そして私の顔を見る。
「あなたがエメリアですね」
胸の奥が締めつけられた。
私たちは会ったことがない。
なのに――
彼女は私の名前を知っていた。
「あなたが私の孫娘にこれを渡したのね」
「はい」
「どうして?」
彼女は不安そうに職員たちのほうを見た。
「どこか二人で話せませんか?」
「いいえ」
彼女が瞬きをした。
私は一歩近づいた。
「私は人生のほとんどを、人から説明を聞くのを待って過ごしてきたの」
私は木製のヒマワリを掲げた。
「ここから始めて」
彼女の表情が変わった。
「このセーターを誰からもらったの?」
「母からです」
心臓が跳ねた。
「あなたのお母さんの名前は?」
彼女はためらった。
その一瞬が、耐えられないほど長く感じられた。
「お願い」
私は言った。
「一言ずつ、私に聞かせるようなことはしないで」
彼女の目に涙が浮かんだ。
「ローラ」
その瞬間。
周囲のすべての音が消えたように感じた。
私は彼女の顔を見つめた。
目の形。
顎のライン。
完全にローラと同じではない。
それでも――
突然、妹の面影があちこちに見えた。
「ローラが……あなたのお母さんなの?」
「はい」
次の言葉は、ほとんど囁きだった。
「生きてるの?」
ドリーは頷いた。
私は力が抜け、その場に座り込んだ。
40年間。
私は何百通りもの結末を想像してきた。
事故。
見知らぬ誰か。
誰にも説明できない悲劇。
記憶を失い、自分が誰なのかも分からないまま、どこかで生きているローラまで想像した。
でも――
これは想像したことがなかった。
生きている。
しかも、こんなにも近くに。
彼女の娘が、私の孫娘の学校で働いている。
私は自分を奮い立たせて、続けた。
「あなたのお父さんは?」
「トーマスです」
その名前を知っていた。
もちろん。
ローラが16歳だった頃、父がローラに会うことを嫌っていた少年。
私はもう一度セーターを見た。
「それじゃあ、ローラはトーマスと一緒に出ていったの?」
ドリーはためらった。
「正確には……違います」
「どういう意味?」
「その夜、トーマスはあなたの家に来ました。彼の家族は町を離れることになっていて、彼はお母さんに一緒についてきてほしかったんです」
胃の奥がねじれるようだった。
「そして、ローラは承諾した?」
「そのつもりでした」
「じゃあ、どうして誰も私たちに知らせなかったの?」
ドリーは唾を飲み込んだ。
「あなたのお父さんが、二人を外で見たからです」
私は彼女を見つめた。
「何があったの?」
「母は、門のところで二人が言い争ったと言っていました」
私は、まるでその場にいるかのように想像できた。
父の激しい気性。
ローラの頑固さ。
互いを愛しているのに、どちらも譲らない二人。
「父は何て言ったの?」
ドリーの声が低くなった。
「もしトーマスと一緒に出ていくなら、もうこの家に戻れると思わないでくれ、と」
背中に冷たいものが走った。
父がそんな言葉を口にしたなんて、私は一度も聞いたことがなかった。
でも――
父なら言ったかもしれない。
そして、ローラもきっとそう思った。
「それでも、ローラは出ていった」
「はい」
私は顔を背けた。
40年間、私はローラが無理やり連れ去られたのだと思っていた。
違った。
16歳のローラは、怒りと衝動のまま、自分の足で出ていった。
叫びたいのか。
泣きたいのか。
自分でも分からなかった。
「ローラはトーマスと何年一緒にいたの?」
「数年間です」
「あなたは?」
「母が20歳のときに生まれました」
私はドリーを見つめた。
ローラは家を出てから、たった4年後に母になっていた。
「二人の間に何があったの?」
「二人は少しずつ離れていきました。母は安定した生活を望むようになった。でも、トーマスは相変わらず、あちこちを転々としたがっていました」
「そして、ローラは家に戻りたくなった」
ドリーは頷いた。
「すぐではありません。母は恥ずかしかったんです」
私は、恥というものを知っている。
でも――
40年間も沈黙した理由は分からなかった。
「いつ戻ってきたの?」
「1992年です」
私たちの誕生日から6年後。
ローラは22歳だった。
胸が締めつけられた。
「本当に戻ってきたって、どうして分かるの?」
「私を連れてきたからです」
私はドリーを見つめた。
「あなたもここに来たの?」
「私は2歳でした。自分では覚えていません。でも、母から聞いています」
「何があったの?」
「母は玄関を叩きました。あなたのお母さんが出てきてくれると思って」
「母は家にいた?」
「いいえ」
私の胸が沈んだ。
ドリーが言い終わる前に、もう分かっていた。
「あなたも?」
「はい」
私は目を閉じた。
「父がドアを開けた」
ドリーは頷いた。
何かが、私の中で壊れた。
40年間、父は、ローラが家を出たあの夜以来、一度も会っていないと言い続けていた。
「父は何をしたの?」
「戻ることを拒みました」
私は椅子を大きく引きながら立ち上がった。
「そんな……」
ドリーが手を伸ばした。
「エメリア――」
「父は、母に何も話さずにそんなことをするはずがない」
彼女は何も言わなかった。
その沈黙が、すべてを語っていた。
「ローラは、その後また戻ってきた?」
「家には、もう戻りませんでした」
「どうして?」
「母は、父が言ったことを信じたんです」
「何を言われたの?」
「みんな、ようやく立ち直り始めている。あなたも前に進んだ。今さら戻ってきたら、すべてをまた壊してしまう、と」
私の手が震えた。
「父は、それを私が言ったと伝えたの?」
「正確にどんな言葉を使ったかは分かりません」
「じゃあ、余計なことは言わないで」
彼女はすぐに頷いた。
私はセーターを見下ろした。
「ローラは今、どこにいるの?」
「遠くありません」
その答えは、他の何よりも痛かった。
40年。
そして彼女は、ずっと近くにいた。
「あなたがソフィーにこのセーターを渡したことを、ローラは知ってる?」
ドリーは俯いた。
「いいえ」
私は苦笑した。
「つまり、これはあなたの考えだったのね」
「何年も前から、母にあなたへ連絡してほしいと頼んでいました」
「それは、あなたが決めることじゃない」
「分かっています」
「じゃあ、どうして?」
ドリーは苦しそうな顔をした。
「ソフィーのクラスに、家系図が飾ってあったんです。教室を掃除しているとき、それを見ました。そして名前を見て……分かりました」
彼女は私を見た。
「ソフィーがお孫さんだと」
私は木製のヒマワリを掲げた。
「最後に一つだけ。これをローラはどこで手に入れたの?」
ドリーの表情が再び変わった。
「母は、1992年に戻ってきたとき、あなたのお父さんがこれを返してくれたと言っていました」
それで、すべてがつながった。
父は、ローラが消えた夜、この飾りを持っていた。
その後、ローラがそれを持っていた。
つまり――
父は、彼女と再会していた。
もう、父を守るための説明は残っていなかった。
私はバッグを手に取った。
ドリーが私を見る。
「どこへ行くんですか?」
私は彼女を見た。
「母が、娘は二度と戻ってこなかったと思ったまま亡くなった理由を――父に聞きに行くの」
⸻
※イメージは物語の内容を表現するためのものです。
第3部――父が隠していた秘密
老人ホームに着くと、父はテレビを見ていた。
私を見ると笑った。
「エメリア。今週後半まで来ないと思っていたよ」
私は答えなかった。
父の椅子まで歩き、小さな木製のヒマワリをテーブルの上に置いた。
父の顔から血の気が引いた。
その反応だけで、言葉より先に真実が分かった。
「それを……どこで見つけた?」
私は立ったままだった。
「1986年の後、ローラに会った?」
「いいや」
早すぎる。
迷いのない答え。
私はヒマワリのセーターを広げ、父の膝に置いた。
父は目を閉じた。
「ローラは戻ってきた」
私は言った。
父は窓のほうへ顔を向けた。
私は待った。
やがて父の肩が落ちた。
「……いつ?」
私は知っていた。
それでも、父の口から聞きたかった。
「1992年」
喉が締めつけられた。
「一人だった?」
「違う」
「小さな女の子を連れていた」
父が私を見る。
「ドリー」
驚きが父の顔に浮かんだ。
「会ったんだな」
「ええ」
ほんの一瞬。
父の顔に安堵が浮かんだ。
それが、否定されるよりも私を怒らせた。
「何があったの?」
「エメリア……ずいぶん昔のことだ」
私は父の前に椅子を引いた。
「あなたにとってはね」
父を見る。
「私は今日知ったの。だから、まるで今朝起きたことのように話して」
父は木製の花を見つめた。
「お母さんは家にいなかった。ローラが玄関に来て、戻りたいと言った」
目が熱くなる。
「それで?」
父は額を押さえた。
「ようやく、生活が静かになっていたんだ」
私は耳を疑った。
「静か?」
「お母さんは、また眠れるようになっていた。お前も自分の人生を歩き始めていた。誰も質問しなくなっていた」
「誰も?」
父の顎が強張った。
「近所の人間。親戚。みんなだ」
その瞬間、私は醜い何かを理解した。
「ローラが出ていったことだけが問題だったんじゃないのね?」
父は答えなかった。
「恥ずかしかったんでしょう?」
父の顔が変わった。
何十年もの間、父は悲しみに暮れる父親として振る舞ってきた。
でも、その悲しみの下にあったのは――
プライド。
恥。
自分の言うことを聞かなかった娘に対する屈辱。
父は自分の手を見つめた。
「自分は父親として失敗したと思った」
「ローラを自分の思い通りにできなかったから?」
「そういう意味じゃない」
「でも、そう感じていた」
父は否定しなかった。
私は身を乗り出した。
「あの夜、門のところで何があったの?」
父は長く息を吐いた。
「トーマスは問題のある男だと言った。家の中へ戻れと言った」
「ローラは拒んだ」
「そうだ」
「それで、脅した」
父の目に涙が浮かんだ。
「私は怒っていた」
「何と言ったの?」
父はためらった。
私はすでに分かっていた。
それでも、本人の口から聞きたかった。
「トーマスを選んで出ていくなら……この家がいつまでもお前を待っていると思うな、と」
私は、自分を育ててくれた男を見つめた。
「16歳の女の子に、そんなことを言ったのね」
「本当に出ていくとは思わなかった」
「でも、出ていった」
父は目を伏せた。
「そして6年後。子供を連れて戻ってきたローラに、何と言ったの?」
父の唇が震えた。
「今さら戻ってきて、みんなが必死に閉じた傷を、また開くことはできないと言った」
涙がこみ上げてきた。
「母はローラに戻ってきてほしくないと言った?」
「言ってない」
「私がそう言った?」
「言ってない」
「誰かが言った?」
沈黙。
私は身を乗り出した。
「じゃあ、誰の傷を守ろうとしたの?」
「エメリア……」
「違う」
声が震えた。
「あなた自身を守ったのよ」
父は目を閉じた。
「自分が間違っていたと認めるのが怖かったんでしょう」
「……恥ずかしかった」
その告白で、私は救われると思っていた。
でも違った。
ただ、すべてがさらに悲しくなった。
怒りに任せて言った、たった一言。
それが6年後の別の決断につながった。
そして、また嘘につながった。
その結果――
何十年もの沈黙になった。
「ローラは私のことを聞いた?」
父は頷いた。
今度は、別の意味で胸が壊れた。
「何て聞いたの?」
「お前が自分を憎んでいるか、と」
息が苦しくなった。
「それで、何て答えたの?」
「お前も、あの子が出ていって苦しんだ、と」
「そんなことを聞いてるんじゃない」
父は黙った。
「私がローラを探したって伝えた?」
「……いいや」
「母が亡くなる日まで探していたことは?」
「言ってない」
「私ならドアを開けたって伝えた?」
父の目に涙が溜まった。
「……言ってない」
私は立ち上がった。
そして初めて、40年間ずっと誰かに理解してほしかった言葉を口にした。
「あなたは私たちを守ったんじゃない」
父は顔を拭った。
「家族を守ろうと思ったんだ」
「違う」
私は言った。
「家族のために、全部を自分で決めたのよ」
父が顔を上げた。
「母が何に耐えられるかも決めた。私がどう感じているかも決めた。ローラが何を受けるべきかも決めた」
涙が頬を流れた。
「あなたは、自分が一度だけつらい会話をしなくて済むようにした。その代わり、残りの私たちは何十年も答えのない問いを背負うことになった」
父は声を上げて泣いた。
90歳になった父は、突然とても小さく、弱く見えた。
昔なら、父の涙を見れば、私は話を終わらせていた。
慰めていた。
「父も苦しんでいたんだ」と、自分に言い聞かせていた。
実際、父も苦しんでいたのだろう。
でも――
苦しんでいたからといって、責任が消えるわけではない。
「お父さんを愛してる」
父が希望を抱いたように顔を上げた。
「でも、愛しているからといって、起きたことが許されるわけじゃない」
私はドアへ向かった。
「エメリア」
足を止めた。
「明日も来てくれるか?」
私はドアノブに手を置いた。
人生のほとんどを、私は父を不快な答えから守ってきた。
もう、そんなことはしない。
「分からない」
そして、私はその場を去った。
⸻
第4部――ローラは、永遠に16歳ではなかった
翌朝、私はソフィーを学校へ送った。
後部座席から、ソフィーが何度も私を見ていた。
「ドリーのこと?」
「そうよ」
ソフィーの顔が曇った。
私はすぐに付け加えた。
「でも、あなたが悪いことをしたわけじゃないからね」
ソフィーは頷いた。
彼女が校舎の中へ消えてから、私は入口の近くで待った。
数分後、ドリーが現れた。
私を見ると立ち止まった。
「エメリア」
「少し話したい」
私たちは入口から離れた。
「お父さんは?」
「全部認めたわ」
ドリーはゆっくり息を吐いた。
「母が戻ってきたことも?」
「ええ」
彼女は安堵したようだった。
「それから、父がローラに何と言ったかも聞いた」
「ごめんなさい」
「分かってる」
私たちはしばらく無言で歩いた。
私は足を止めた。
「でも、あなたに分かってほしいことがある」
ドリーが私を見る。
「父が間違っていたことは分かってる。やったことは残酷だった」
彼女は頷いた。
「でも、それでローラのすべてが正当化されるわけじゃない」
彼女の表情が少し硬くなった。
「父が原因で母は戻れなかった」
「原因の一つよ」
ドリーが驚いたように私を見る。
「ローラは16歳だった」
私は続けた。
「16歳の子供は、無謀なことをする。結果が一週間しか続かないと思って、一生続く決断をしてしまうこともある」
私は学校の窓を見た。
「怯えて頑固だった16歳のローラが逃げ出したことなら、私は許せる」
ドリーの目が少し柔らかくなった。
「でも、ローラはずっと16歳のままじゃなかった」
彼女は俯いた。
「22歳になった」
私の声が震えた。
「25歳。30歳。40歳。50歳……」
ドリーは何も言わなかった。
「私を探す時間は、何十年もあった」
「恥ずかしかったの」
「私だって恥ずかしかった」
「あなたが自分を憎んでいると思っていた」
「どうして?」
ドリーが私を見る。
「どうやって、それを知ったの?」
彼女は答えられなかった。
「そういうことよ」
私は一晩中、そのことを考えていた。
1992年。
父はローラの目の前でドアを閉めた。
それはひどいことだった。
でも、ローラはその閉じたドアが、他の全員の気持ちまで表していると思い込んでしまった。
私の気持ち。
母の気持ち。
ローラが戻ってきたことさえ知らなかった人たちの気持ち。
「私に手紙を書くことだってできた」
ドリーはゆっくり頷いた。
「電話もできた」
「分かってる」
「父がもうあの家に住んでいなくなってから、私を探すことだってできた」
「分かってる」
「一度だけでも、試せた」
ドリーの目に涙が浮かんだ。
「母も、それは分かっています」
「それならいい」
思ったよりも鋭い声になってしまった。
ドリーが傷ついた顔をした。
私は声を和らげた。
「責めたいわけじゃない。でも、40年のすべてが一人のせいだったことにするつもりもない」
ドリーは頷いた。
「その通りです」
そしてコートのポケットから、一枚の紙を取り出した。
折りたたまれた紙だった。
「これは母の電話番号」
私はそれを見た。
「あなたに電話してほしいと言っています」
私は小さく笑った。
「そう」
「私から、あなたは連絡を取りたくないと伝えましょうか?」
私は考えた。
1992年。
父があのドアを閉めた姿。
一人の人間が、家族全員の気持ちを勝手に決めた。
そして今度は、ドリーがローラと私の再会の方法を決めようとしている。
「いいえ」
ドリーが待った。
「母に伝えて」
私は言った。
「私はもう真実を知っている、と」
彼女は頷いた。
「なぜローラが出ていったのかも知っている、と」
もう一度、頷く。
「そして、ローラが戻ってきたとき、父が彼女を追い返したことも知っている、と」
ドリーの目が潤んだ。
「でも同時に――その後、私のところへ自分で来るための時間が何十年もあったことも知っている、と」
「伝えます」
彼女は再び紙を差し出した。
今度は、私は受け取った。
ドリーが驚いた。
「電話するんですか?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして?」
私は紙を折り、バッグの中へ入れた。
「もう、私が何を知ることを許されるのかを、他の人に決めさせるのはやめるの」
ドリーは黙った。
「ローラが私に会いたいなら、私がどこにいるか分かってる」
「伝えます」
私は歩き始めた。
そして振り返った。
「もう一つだけ」
「はい?」
「ソフィーを、私たちの仲直りの橋に使わないで」
後悔がドリーの顔を横切った。
「もうしません」
「それでいい」
私に必要だったのは、それだけだった。
あとは――
ローラの問題だ。
⸻
※イメージは物語の内容を表現するためのものです。
第5部――ドア
3週間が過ぎた。
ローラは来なかった。
私は16歳のときのように、待つことに心を食い尽くされると思っていた。
でも、不思議なことに、そうはならなかった。
今度は知っている。
ローラが生きていること。
どこへ行ったのか。
父が何をしたのか。
そして、その後ローラ自身が何をしたのか。
40年間、私を苦しめ続けた謎は、ようやくもっとありふれた、そしてもっと痛いものになった。
家族を壊したのは、ひとつの劇的な悲劇ではなかった。
プライド。
恐怖。
恥。
頑固さ。
そして沈黙。
それらが少しずつ積み重なった結果だった。
怒りに任せて、父は二度と取り戻せない言葉を口にした。
怯えた娘は、その言葉を必要以上に長く信じてしまった。
そして――
その代償を払ったのは、全員だった。
その3週間の間に、私は一度だけ父を訪ねた。
居心地の悪い時間だった。
でも、何年ぶりかに、父はローラの名前を声を落とさずに口にした。
誕生日になるたび、ローラのことを考えていたと話した。
1992年にローラを追い返した後、母に何度も真実を話そうと思ったとも。
でも、一日先延ばしにするたび、真実を話すことが難しくなった。
一週間。
一か月。
一年。
やがて、告白するということは、自分が何をしたのかだけではなく――

それをどれだけ長く隠してきたのかまで認めることになった。
私は聞いた。
父を許したわけではない。
少なくとも、まだ。
いつか許せるのかもしれない。
でも、たぶん私が昔想像していた「許す」というものとは違う形になるのだろう。
すべて大丈夫だったと言うことではない。
ただ――
父の選択を、自分の中に永遠に抱えて生きることを拒む。
それが、許すということなのかもしれない。
ある日曜日の午後。
ソフィーがキッチンテーブルで絵を描いていた。
私の隣には、ヒマワリのセーターがきれいに畳まれて置かれていた。
私は丁寧に手洗いしていた。
クリーム色の毛糸は、年月の中で柔らかくなっていた。
ヒマワリの黄色も、もう色あせていた。
でも――
あの茶色の花びらだけは、はっきり残っている。
母が一度は直そうとした「間違い」。
それが40年後、私にこのセーターを見つけさせてくれた。
ソフィーが絵から顔を上げた。
「おばあちゃん?」
「なあに?」
「まだ、お姉ちゃん……じゃなくて、妹さんを待ってるの?」
私はセーターを見た。
私の人生のほとんどは、「待つこと」でできていた。
ローラが電話してくるのを待った。
警察が何かを見つけてくれるのを待った。
母が泣かなくなるのを待った。
父が話してくれるのを待った。
答えを待った。
私は首を横に振った。
「いいえ」
ソフィーが不思議そうな顔をする。
「でも、来てほしいんでしょう?」
「ええ」
「じゃあ、それって待ってるってことじゃないの?」
私は微笑んだ。
子供は、ときどき本当に単純な質問をする。
なのに、その質問が心の一番深いところを見つけてしまう。
「違うのよ」
私は茶色の花びらに触れた。
「誰かが戻ってきたときのために場所を空けておくことと、その人が戻ってくるまで自分の人生を止めておくことは、違うの」
ソフィーはしばらく考えていた。
そして、また絵を描き始めた。
私はセーターを丁寧に畳んだ。
40年間、ローラがいないことは私の人生を形作ってきた。
父はひどい決断をした。
ローラは10代のときにひとつの大きな間違いをし、その後、大人になってからも、いくつもの小さな決断を重ねた。
そして私は――
自分が選んでもいない選択の結果の中で、何十年も生きてきた。
何も変えられない。
母が亡くなる前に真実を伝えることもできない。
1992年、父があのドアを違う形で開けるようにすることもできない。
ローラを、誕生日のケーキを前に笑っていた16歳の少女に戻すこともできない。
でも――
これから先に何が起こるかは、自分で決められる。
もし明日、ローラが私のドアの前に立っていたら。
私はドアを開ける。
話を聞く。
きっと泣く。
もしかしたら、怒るかもしれない。
彼女にしか答えられない質問もある。
なぜ私を探さなかったの?
私の家の前を通ったことはある?
母が亡くなったことを知っていた?
誕生日に私のことを思った?
電話を手に取って、あと少しでかけるところまでいったことはある?
私は答えが欲しい。
でも――
もう、その答えがなければ翌朝を迎えられないわけではない。
それが、昔との違いだった。
何十年もの間、私は「ローラが戻ってきたとき、ようやく平穏が訪れる」と思っていた。
でも今は、違うことが分かる。
平穏とは、失ったものがすべて戻ってくることではない。
平穏とは、自分の人生は今も自分のものだと気づくことだった。
私はセーターを箱の中に隠すのではなく、引き出しの中にしまった。
そしてキッチンテーブルへ戻り、孫娘の隣に座った。
外では、夕方の光が床いっぱいに差し込んでいた。
ソフィーは一面の花を描いていた。
その中央には、大きな黄色いヒマワリ。
花びらの一枚だけが、茶色だった。
私はそれを見て、小さく笑った。
ソフィーが笑う。
「何がおかしいの?」
「何でもないわ」
私は彼女の頭にキスをした。
「完璧だなって思ったの」
取り返せない間違いもある。
怒りによって閉じてしまうドアもある。
そして――
怖くてノックできないまま、閉じ続けてしまうドアもある。
でも、私が生きている限り――
私のドアに鍵をかけるつもりはない。
ローラが来たら、彼女の話を聞く。
来なかったとしても、私は生きていく。
そして40年もの間、一人の「いなくなった人」の影に立ち続けてきた私は、ようやく理解した。
ドアを開ける準備さえできていれば、それで十分なのだ。
そのドアのそばに、残りの人生ずっと立ち続ける必要はない。
