脚を骨折してから、娘たちを学校へ送ってほしいと頼むたびに、夫は「仕事に遅れるわけにはいかない」と言い張った。
おかしな話だ。なぜか若くて綺麗な女性の同僚を迎えに行く時間はあったのだから。
彼には、ちょっとした教訓が必要だった。
だから私は、彼女の座席に小さなサプライズを一つ置いた。
そしてあの男は、そのことを一生忘れないだろう。
「明日、ママ来るの?」
ハロルドがそう尋ねたのは、私が階段の途中に座り、片方の松葉杖を脇に挟み、膝の上にニッキーのコートを広げていたときだった。
私は彼を見つめた。
彼はコーヒーを持っていた。
私は片手だけでファスナーを閉めようとしていた。左脚のギプスを抱えながら、7歳の娘の袖をどうにか通していた。
「来ないわ。母にここまで1時間かけて来てもらって、娘たちを学校へ送って、また1時間かけて帰って、それを明日も繰り返してもらうわけにはいかないでしょう」
ハロルドは腕時計を確認した。
「じゃあ、隣のリンダは?」
「リンダには仕事があるの」
「俺にもある」
私はファスナーを閉めるのを諦めた。
「ハロルド。娘たちはあなたの子どもでもあるのよ」
「分かってる」
「なら、あなたが送って」
「学校は街の反対側だ」
「だったら早く出ればいいでしょう。それか、たまには在宅勤務にして、その日に送れば?」
彼はコーヒーを一口飲んだ。
「スカーレット、それは現実的じゃない」
ニッキーが私たちを交互に見た。
「ママの脚も現実的じゃないよ、パパ」
キッチンからサーシャの声が飛んできた。
「ニッキーが私の青いマーカー取った!」
「取ってない!」
「今、持ってるじゃん!」
ハロルドはブリーフケースをつかんだ。

「ほら。朝はこんなに大変なんだ」
そして、そのまま出て行った。
3週間前、私はスーパーの外の濡れたタイルで足を滑らせ、脚をひどく骨折した。手術が必要になり、ギプスもつけられた。
医師からは運転禁止と言われていた。
それまでは、9歳のサーシャと7歳のニッキーの朝食、お弁当、靴、学校の提出物、そして送り迎えまで、私が全部やっていた。
ハロルドは、それらが私の責任だとは一度も正式には言わなかった。
ただ、私がやらざるを得ない瞬間に、都合よく忙しくなった。
母は2回、街の反対側から来てくれた。
隣人は3朝も予定を変えて手伝ってくれた。
私は一度、送迎サービスにお金を払った。
その間、同じ家に住むもう一人の親は、娘たちを学校へ送ろうとはしなかった。
ハロルドに頼むたび、答えは同じだった。
「仕事に遅れるわけにはいかない」
私が食い下がると、彼は繰り返した。
「スカーレット、仕事に遅れるわけにはいかないんだ」
そんなある日、私は病院の診察を受けることになった。
リンダが娘たちを送ってくれることになっていたので、私はタクシーで病院へ向かった。
医師は脚を診察し、順調に治っていると言った。
そして、くれぐれも調子に乗らないようにと念を押した。
私は約束した。
それから松葉杖をついて病院の入口を出たとき、ハロルドの車が目に入った。
一瞬、何かあったのかと思った。
もしかして、私を迎えに来たのかもしれない。
でも、車は病院の駐車場にはなかった。
向かい側のアパートの前に停まっていた。
一人の女性が急いで出てきた。
アデルだった。
私はハロルドの会社のクリスマスパーティーで彼女に会ったことがある。
20代、もしかしたら30歳くらい。
綺麗で、長い黒髪。
朝8時前だというのに、ほとんどの人には真似できないほど洗練された格好をしていた。
ハロルドは車から降り、助手席側へ回ってドアを開けた。
彼女が笑った。
そしてハロルドは運転席に乗り込み、彼女と一緒に会社の方向へ走り去った。
私は松葉杖をついたまま、そのテールランプを見つめていた。
どうやら問題は遠回りではなかった。
助手席に誰が座るかだった。
10分ほど、私は最悪の可能性を想像した。
でも、クリスマスパーティーでアデルが自分の恋人について嬉しそうに話していたことを思い出した。
それだけでは何の証拠にもならない。
ハロルドが彼女のために車のドアを開けたことだって、何の証拠にもならない。
でも、一つだけ確かなことがあった。
彼には時間があった。
⸻
その夜、娘たちが二階へ上がるのを待ってから、私は言った。
「今朝、あなたを見たわ」
ハロルドは冷蔵庫を開けていた。
「病院で?」
「病院の近くで」
牛乳を持っていた彼の手が止まった。
「アデルがあなたの車に乗ってた」
彼の表情が目に見えて緩んだので、私は笑いそうになった。
「ああ。それか」
「ええ。それよ」
「彼女の車が故障したんだ」
「それで?」
「送ってあげただけだ」
私はカウンターに松葉杖を立てかけた。
「あなた、私にはサーシャとニッキーを学校へ送れないって言ったわよね。遅刻するからって」
「実際、遅れる」
「でもアデルを迎えに行くのは遅れないの?」
「彼女のアパートのほうが会社に近い」
「うちとは全然方向が違うじゃない」
「そんなに大した遠回りじゃない」
私は彼を見つめた。
11日間、母は街の半分を横切って来てくれた。
隣人は会議の予定まで変えてくれた。
私はカウンターに立つだけでも痛む脚で、ギプスをつけたままシリアルの器を持っていた。
その一方でハロルドは、同僚の住んでいる場所は「そんなに遠くない」と説明していた。
「あなたは娘たちを学校へ送るより、街の反対側までアデルを迎えに行くほうを選ぶのね」
「変な話にするなよ」
「私は何も変な話になんてしてない」
「彼女の車は修理に出してるんだ」彼はぼそっと言った。「じゃあ誰が送るんだ?」
私は瞬きをした。
「あなたの娘たちを送っている、あの謎の人物じゃない?」
彼は額をこすった。
「君にはお母さんがいるだろ。リンダもいる」
そこだった。
「君にはお母さんがいる」
「君にはリンダがいる」
「私たち」ではなかった。
「同僚だって助けが必要なんだよ」
私は彼を見た。
「そうね。もちろん」
私の声の調子に、彼は眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「何でもない」
私は、初めて言い返すのをやめた。
翌朝、サーシャはキッチンのテーブルで作業をしていた。
学校のプロジェクトの下書きが、テーブルの半分を占領していた。
一番上には紫色のマーカーで、
「私の家族を助けてくれる人たち」
と書かれていた。
その下にはいくつもの絵があった。
私はすぐに自分だと分かった。
赤い髪と、とてつもなく大きな灰色のギプス。
「ママ」の下には、サーシャの字でこう書かれていた。
「学校に連れて行ってくれる」
「お弁当を作ってくれる」
「何がどこにあるか全部知ってる」
ニッキーはその下に一行付け加えていた。
「巨大な脚でも」
私は笑った。
「ありがとう……たぶん」
ニッキーがにっこり笑った。
そして私は右側に目をやった。
「パパ」
ハロルドは青い車の中に描かれていた。
その隣には、長い黒髪の棒人間。
サーシャが書いていた。
「アデルさんを仕事に連れて行ってくれる。車が壊れているから」
その下には、ニッキー独特の大きな文字で、
「私たちの学校は遠すぎる」
とあった。

どうやら、娘たちは全部聞いていたらしい。
私はその紙をじっと見つめ、それから廊下のほうを見た。
ハロルドは靴ひもを結びながら鼻歌を歌っていた。
私は何も書き足さなかった。
何も消さなかった。
何も説明しなかった。
娘たちが歯を磨きに二階へ行ったとき、私は絵が見えないようにその紙を二つ折りにした。
そして、ハロルドの車の助手席に置いた。
1時間後、私のスマホが鳴った。
「スカーレット、何をしたんだ?」
ハロルドが怒鳴った。
「アデルが見たぞ!」
私はスマホを少し耳から離した。
「おはよう、ハロルド」
コーヒーをテーブルに置いた。
「あれをアデルが見たんだ」
「何を?」
「分かってるだろ!」
私はキッチンの窓のほうを見て微笑んだ。
「サーシャの下書き?」
「彼女が車の中で開いたんだ!」
「どうして?」
「その上に座ったんだよ! 白紙の面を上にして折ってあったから、ただのポスター用紙の切れ端だと思ったんだ!」
それは彼にとって不運だった。
「それで?」
「どうなったと思う?」
私は待った。
彼の声が低くなった。
「読んだんだ」
「それで?」
沈黙。
すると、近くから女性の声が聞こえた。
「私に言ったことを、ちゃんと話して」
アデルだった。
ハロルドが何かつぶやいたが、聞き取れなかった。
「ハロルド」
私は背筋を伸ばした。
「何を彼女に言ったの?」
また沈黙。
そしてアデルが答えた。
「彼は、私を迎えに来る前に、いつも娘さんたちを学校へ送っているって言ったの」
私は階段のほうを見た。
サーシャとニッキーのリュックが並んでいた。
また誰かに学校へ連れて行ってもらう準備ができている。
「何て言ったの?」
ハロルドが割って入った。
「毎日とは言ってない」
アデルが、何とも言えない声を出した。
それだけで十分だった。
「あなた、『どうせ娘たちと一緒に外に出るから』って言ったじゃない」
私は目を閉じた。
「アデル」
「はい」
「あなた、彼に迎えに来てほしいって頼んだの?」
「いいえ。配車サービスを呼ぶって言ったわ」
ハロルドが口を挟んだ。
「こんなの馬鹿げてる」
アデルは無視した。
「彼は、学校への送り迎えの途中だから問題ないって言ったの」
そのとき、車のドアが開く音がした。
「アデル?」
「降りるわ」
「降りなくていい」
バタン。
ドアが閉まった。
ハロルドが電話に戻ってきた。
「どれだけ恥ずかしかったか分かってるのか?」
私は自分のギプスを見下ろし、それから7時前に詰めた二つの弁当箱を見た。
「ハロルド。あれを書いたのは私じゃないわ。あなたの娘たちよ」
彼は息を吐いた。
「君が俺の車に置いたんだろ」
「そうよ」
「彼女が見るって分かってたんだろ」
「そこにあることは知ってた。でも、あなたの同僚が送迎サービスに『無料の文書チェック』まで付けてくれるとは知らなかったわ」
「スカーレット」
「助手席が空いてなかったなら、それは問題だったでしょうね」
彼は黙った。
そして言った。
「もう行かないと」
「遅れないでね」
彼は電話を切った。
私は、彼が怒りながら帰ってくると思っていた。
でも、その日の午後、アデルから電話がかかってきた。
「こんなことを言うのは不適切かもしれないけど……」
私はソファに横になり、脚を高く上げていた。
隣には、もう持ち上げられるふりすらしていない洗濯かごが置いてあった。
「今日の朝8時半には、不適切なんてとっくに通り過ぎてるわ」
彼女は笑った。
でも、すぐに真剣な声になった。
「もう一つあるの」
「何?」
「ハロルド、職場であなたの話をするの」
靴下を仕分けていた私の指が止まった。
「何て?」
「悪いことじゃないわ」
こんな言葉で始まる話が、午後を良くしてくれることは決してない。
「彼は、あなたはとても細かい人だって言ってる」
「何について?」
「全部、かな」
私は待った。
アデルは続けた。
「彼は、家でもあなたを手伝おうとしてるけど、あなたが結局やり直すから、二人とも『あなたが家のことをして、彼は他のことを担当するほうが楽だ』って思ってる、って言ってた」
私は洗濯かごを見つめた。
木製のまな板を食洗機のスプレーアームにぶつかるように置いたときのことを思い出した。
学校のバッグにおもちゃを3つ入れ、宿題を入れ忘れ、スプーンなしでヨーグルトだけを入れていたことも。
そのたびに私は問題を直した。
やがて、同じことを何度も訂正するより、自分でやったほうが早いと思うようになった。
アデルが言った。
「彼は、あなたが手伝わせてくれないみたいに話してる」
私はニッキーの靴下を一枚拾った。
「違うわ」
「違う?」
「私が頼むのをやめたの」
電話を切ったあと、私はスマホで経路検索を開いた。
自宅から学校、そしてハロルドの会社まで。
追加で12分。
次にアデルの住所を入力した。
25分。
私は両方の経路を画面に表示したままにした。
ハロルドが帰宅したのは6時過ぎだった。
娘たちがテーブルで宿題をしているところへ、彼は鍵を置いた。
「話がある」
「いいわ」
私はスマホを彼に向けた。
「どうしてアデルには25分かけられて、娘たちには12分もかけられなかったの?」
彼は画面を見た。
サーシャが算数のプリントから顔を上げた。
「12のほうが小さいよ」
ニッキーも覗き込んだ。
「ずっと小さい」
ハロルドは目を閉じた。
「ありがとう、二人とも」
「どういたしまして」
ニッキーが答えた。
私は笑いそうになった。
ハロルドは椅子を引いた。
「時間の問題じゃない」
「じゃあ何?」
彼は私を見た。
「何の問題なの?」
珍しく、彼はすぐには答えなかった。
サーシャはプリントの間違いを消し、ニッキーは指を使って数えていた。
やがてハロルドが言った。
「アデルは感謝してくれた」
私は彼を見つめた。
彼はテーブルの端を親指でなぞった。
「毎朝、ありがとうって言ってくれた。『命の恩人』ってまで言ってくれた」
「それで、娘たちは?」
「娘たちは……」
彼は言葉を止めた。
「娘たちは何?」
彼はサーシャを見た。
それからニッキーを見た。
「娘たちは、俺が父親だからって感謝してくれない」
私は背もたれに体を預けた。
「そうよ、ハロルド。感謝しないわ」
彼は、私が理解してくれたことに少し安心したようだった。
だから私は続けた。
「だって、父親であることは接客業じゃないもの」
彼の視線がテーブルに落ちた。
私はギプスを指で軽く叩いた。
「私が骨を折らなきゃ、朝が存在するってことに気づけなかったなんて、おかしいでしょう」
数秒間、誰も何も言わなかった。
やがてハロルドが静かに尋ねた。
「俺に何をしてほしい?」
その質問を以前の私なら、仕事を割り振るために使っていた。
でも、今回は違った。
「明日の朝はあなたの担当よ」
彼が顔を上げた。
「どういう意味?」
「全部ってこと」
「朝食?」
「全部」
「お弁当?」
「全部」
「学校の荷物?」
私はコーヒーを一口飲んだ。
「だいぶ分かってきたわね」
サーシャが手を挙げた。
ハロルドが彼女を見る。
「何?」
「明日、ポスターボードが必要なの」
彼の視線が自動的に私へ向いた。
私はコーヒーを飲んだ。
「私を見ないで」
彼はサーシャに向き直った。
「どんなやつ?」
彼女は笑った。
そして、私が脚を骨折して以来初めて、ハロルドは誰かに感謝されるのを待つことなく、スマホを取り出してメモをした。
⸻
翌朝6時35分、彼が私のベッドの横に立った。
「ニッキーのスニーカー、どこ?」
私は片目を開けた。
「ニッキーに聞いて」
「本人も分からないって」
「じゃあ、二人で楽しい朝を過ごしてね」
彼は出て行った。
10分後、サーシャが「誰も私を起こしてくれなかった!」と叫んだ。
「目覚ましがあるだろ!」とハロルドが叫び返した。
するとニッキーが階下から叫んだ。
「私たち子どもなんだけど!」
私は毛布を顔まで引き上げた。
どうにか、娘たちは時間通りに出発した。
本当にギリギリだったけれど。

その日の夕方、ハロルドは食料品を抱えて帰ってきた。
「上司が、君の脚が治るまで15分遅く始業していいって」
私は顔を上げた。
「あなたから頼んだの?」
「今日」
「それで?」
「いいって」
ハロルドはパンを一本持ったまま立っていた。
「今まで、一度も頼んだことがなかった」
「知ってる」
彼は私の隣に座った。
「君がどれだけやってたのか、分かってなかった」
私は首を振った。
「全部を知る必要はなかったのよ。私がやっていることに気づく必要があったの」
彼はうなずいた。
花束は届かなかった。
そのほうが、花束をもらうよりずっと良かった。
それから1週間後、ハロルドは私に指示を求めることなく、毎朝のことをこなすようになった。
ある金曜日、サーシャが書類の山の下から、あの最初の下書きを見つけた。
「これ、忘れてた!」
彼女は朝食のテーブルいっぱいに広げた。
ハロルドは自分の青い車の絵を見つけ、うめいた。
「まさか、これ飾るつもりじゃないよな?」
サーシャはマーカーをつかんだ。
「直さなきゃ」
「パパ」の下に、彼女は書き足した。
「私たちを学校に送ってくれる」
ニッキーが彼女の肩越しに身を乗り出し、マーカーを取った。
そして、もう一つだけ言葉を付け加えた。
「今は」
「サーシャ!」
ニッキーが言った。
「何? 本当のことじゃん」
ハロルドはポスターを見た。
それから娘たちを見た。
彼は手を差し出した。
「本当だ」
私は一瞬、彼がその言葉を消すのかと思った。
でも、彼はマーカーをサーシャに返した。
「そのままにしておこう」
サーシャがポスターを折りたたんだ。
ハロルドは二人分のリュックを持ち上げた。
「ほら、行くぞ。遅れるぞ」
