父親のデイビッドが亡くなって以来、ケイレブはほとんどギターに触れようとしませんでした。だからこそ、学校の父の日の発表会で彼がそのギターをステージに持っていったとき、私は何かが変わったのだと感じました。でも、制服姿の見知らぬ警察官が2人、息子に再び人生を楽しむきっかけを与えてくれるなんて、想像もしていませんでした。
私の名前はジェニファー。息子のケイレブは12歳です。
3年前、夫のデイビッドは長い闘病生活の末に亡くなりました。
人々は、彼のような病気との闘いをよく「戦い」と表現します。その意味は私にもわかります。何度も通った診察、薬、入院、希望が見えた日々、そして再び希望を持つことさえ怖くなるような病状の悪化。
けれど、最期が近づくにつれて、それは戦いというより、愛する人が少しずつ消えていくのを見守るような感覚になっていきました。
父親が亡くなったとき、ケイレブは9歳でした。
最初、私は息子が驚くほどしっかりと受け止めていると思っていました。でも後になって気づいたのです。息子は、あまりにも平気そうに振る舞っていたのだと。
葬儀では泣いていました。けれど、それ以降、デイビッドの話をすることはほとんどなくなりました。誰かが父親の話題を出すと、ケイレブはうつむくか、すぐに話をそらしてしまうのです。
やがて、友達と遊ぶこともなくなりました。夕食を自分の部屋に持っていき、一人で食べる夜もありました。
先生からは、息子が以前よりずっと内向的になったと、2度も連絡がありました。
以前のケイレブは、答えがわからなくても積極的に手を挙げる子でした。でも今では、誰かに直接話しかけられない限り、学校で一日中ほとんど口を開かないことさえありました。
私はできる限りのことを試しました。
「パパのこと、話してみない?」
「ううん」
「怒ってるの?」
「ううん」
「悲しい?」
「大丈夫だよ」
「ケイレブ、何でも話していいのよ」
「わかってる」
そう答えると、息子は自分の部屋に戻ってしまいました。
いつしか「大丈夫」が、息子のお決まりの言葉になっていました。
父の日の1週間前、学校からメールが届きました。父の日の発表会を開催し、生徒たちが歌を披露したり、詩を朗読したり、思い出を語ったり、父親や父親のような存在の人たちに向けてスピーチをしたりするというのです。
メールを読んだ瞬間、胃が締めつけられるような気持ちになりました。
その日の夕方、キッチンのカウンターでシリアルを箱から直接食べているケイレブを見つけました。
「父の日の発表会なんだけど……」
息子の体がこわばりました。
「無理して参加しなくてもいいのよ」
ケイレブは私を見ました。
「どうして参加しちゃいけないの?」
「ただ、つらいんじゃないかと思って」
「僕は行きたいよ」
「本当に?」
「うん」
私は息子の表情をじっと見つめました。
「本当に大丈夫なの?」
「どうして大丈夫じゃないと思うの?」
「わかったわ。ただ、確認したかっただけよ」
「本当に行くよ、ママ」
息子はそれ以上何も言いませんでした。
まさか、自分から発表会への出演を申し込んでいたなんて、私は知りませんでした。
発表会当日の朝、ケイレブはデイビッドが使っていた古いアコースティックギターを抱えて階段を下りてきました。
何か月も触れていなかったギターでした。
デイビッドは、ケイレブが7歳のときに初めてコードの押さえ方を教えました。ソファに座り、息子の後ろから小さな指をそっと支え、正しい位置に置いてあげていたのです。

「痛いよ」と、ケイレブはよく文句を言っていました。
「指先が硬くならないとな」とデイビッドは答えました。
「僕の指はまだ7歳なんだよ」
「それは言い訳だな」
2人はいつも一緒に笑っていました。
再びそのギターを目にした瞬間、私は息が止まりそうになりました。
「そのギター、どうするの?」と尋ねました。
ケイレブは肩掛けのストラップを調整しました。
「弾くんだよ」
「学校で?」
「うん」
「教えてくれなかったじゃない」
息子は肩をすくめました。
「今、教えてるでしょ」
発表会は学校の体育館で行われました。床には折りたたみ椅子が並べられ、壁には手作りの紙製ネクタイや父の日のポスターが飾られていました。
子どもたちは父親の隣に座っていました。スーツ姿の父親もいれば、仕事帰りに作業靴や制服のまま駆けつけた父親もいました。
小さな男の子が、2人の祖父の間に誇らしげに座っている姿もありました。
私の隣には、誰も座っていない椅子がありました。
デイビッドのために用意された席ではありません。ただ、空いていただけです。
それでも、私は何度もその椅子に目を向けてしまいました。
ケイレブはクラスメートたちと一緒にステージの近くに座っていました。
名前を呼ばれた瞬間、私の手は冷たくなりました。
息子はデイビッドのギターを抱えて階段を上りました。音楽の先生が、息子の身長に合わせてマイクの高さを調整しました。
体育館の照明の下で、ケイレブはいつもよりずっと小さく見えました。
息子は客席を見渡し、やがて私を見つけました。
一瞬、私たちの目が合いました。
そして、息子は天井のほうに視線を向けました。
「これは、パパに捧げる曲です」
そう言って、演奏を始めました。
3つ目のコードを弾いたところで、私はそのメロディーに気づきました。
デイビッドは土曜日の朝食を作りながら、よくこの曲を歌っていました。彼は黙って料理をすることができない人でした。音楽が流れていなければ、自分で歌い始めるのです。
ときにはわざと歌詞を変えて、ケイレブに「そんな歌詞じゃないよ!」と抗議されることもありました。
懐かしいメロディーが再び耳に届いた瞬間、胸が締めつけられました。
最初の歌詞を歌うケイレブの声は震えていましたが、少しずつ安定していきました。
デイビッドとの思い出が一気によみがえり、私は口元を手で覆いました。ずっと抑え込んできた悲しみが、まるで昨日のことのように押し寄せてきたのです。
隣に座っていた女性も泣き始め、通路を挟んだ向こう側の先生も目元をぬぐっていました。
ケイレブが2番を歌っていた、そのときでした。
体育館の両開きの扉が開きました。
制服姿の警察官が2人、入ってきたのです。
私を含め、保護者たちが一斉に振り返りました。
何か事件でも起きたのだろうか。それが私の最初の考えでした。
警察官の1人が入口近くにいた先生に静かに話しかけました。先生は壁際に立っていたベネット校長を指さしました。
2人の警察官は体育館を横切り始めました。
ところが、途中で突然立ち止まったのです。
年配のほうの警察官は、若い相棒がぶつかりそうになるほど急にステージへと振り向きました。
ケイレブは演奏を続けていました。
年配の警察官は息子をじっと見つめ、相棒に何かをささやきました。そして校長に近づくこともなく、体育館の後方に立ったまま、息子の演奏に耳を傾けたのです。
最後のサビに差しかかったとき、ケイレブの声がかすれました。
ほんの一瞬、歌声が途切れました。
私は息子が演奏をやめてしまうのではないかと不安になりました。しかし、ケイレブは唾を飲み込むと、再び歌い始めました。
最後のコードが消え、体育館は静寂に包まれました。

次の瞬間、客席から大きな拍手が沸き起こりました。
ケイレブはうつむいたまま、肩を震わせ始めました。
音楽の先生が近づきましたが、息子は首を横に振り、袖で涙をぬぐいました。
私は急いでステージへ向かいました。
私が息子のもとにたどり着くころには、あの警察官たちも来ていました。
2人が突然息子に関心を示したことに不安を覚え、私はケイレブの手を取り、出口へと向かいました。
私たちは体育館の外に出ました。警察官たちも後をついてきました。
年配の警察官がケイレブに声をかけました。
「君、名前は何というんだい?」
ケイレブは私をちらりと見ました。
「ケイレブです」
警察官はギターに目を向けました。
「お父さんの名前は?」
ケイレブの表情が警戒するように変わりました。
「デイビッドです」
その瞬間、警察官の表情が変わりました。
彼は相棒のほうを向きました。
「やっぱり、そうだ」
私の鼓動が速くなりました。
「夫をご存じなんですか?」と尋ねました。
警察官は帽子を取りました。
「私はマーカス巡査です。こちらはアルバレス巡査。私たちはデイビッドを知っていました」
「どこで知り合ったんですか?」
「地域の青少年センターです」
ケイレブが顔を上げました。
「パパがそこに通っていたの?」
マーカス巡査は、思わず笑いそうになったようでした。
「通っていた? 木曜日の夜なんて、あそこに住んでいるんじゃないかと思うくらいだったよ」
私は、彼が誰か別の人と勘違いしているのではないかと思いました。
夫はIT関係の仕事をしていて、地域の保険会社でネットワーク管理を担当していました。
ボランティア活動をしていることは知っていましたが、主に技術的なサポートをしているのだと思っていたのです。
マーカス巡査はケイレブに向き直りました。
「お父さんは、子どもたちにインターネット上で自分の身を守る方法を教えていたんだ」
「どんなことを?」と私が尋ねました。
「パスワードの管理、詐欺、同年代の子どものふりをする見知らぬ人、それから、送るべきではない写真を要求してくる人たちのことです」
マーカス巡査は続けました。
「子どもたちが痛い目に遭う前に、知っておくべきことですよ」
アルバレス巡査も微笑みました。
「ソーシャルメディアについても教えていましたよ。特に、ネット上で誰かがいじめられたときに何が起きるのか、ということをね」
ケイレブは眉をひそめました。
「パパ、そんなこと一度も話してくれなかった」
「私も知らなかったわ」と、私は答えました。
「彼は本当に熱心でした。あくまでボランティアだったのにね」とマーカス巡査は言いました。「わざわざ話すほどのことじゃないと思っていたのかもしれません」
私は、ずっと気になっていたことを尋ねました。
「それで、今日はどうして学校に?」
マーカス巡査は校長のいる方向に目を向け、くすっと笑いました。
「2週間後に、ここで安全教育の講習会を開く予定なんです。その打ち合わせでベネット校長に会いに来ました。今日は事前の準備をするためにね」
彼はギターを見ました。
「でも、あの曲が聞こえてきて、つい気を取られてしまったんです」
アルバレス巡査もうなずきました。
「ご主人もよくこの曲を弾いていたんです。すぐにわかりましたよ。それで、どうしてもあなたたちに会いたくなったんです」
「校長先生とは、あとで改めて話をするつもりです」とマーカス巡査は言いました。
ケイレブが口を開きました。
「パパが僕にこの曲を教えてくれたんです」
「センターでもよく弾いていましたよ」とマーカス巡査は答えました。「子どもたちからは、5曲しか知らないんじゃないかって文句を言われていましたけどね」
ケイレブの顔に、かすかな笑みが浮かびました。
「パパらしいな」
マーカス巡査は笑いました。
「みんなにからかわれていましたよ。すると彼はいつも、『ひどい曲を50曲知っているより、いい曲を5曲知っているほうがいい』って言い返していたんです」
私は笑いました。
そして突然、涙があふれてきました。
デイビッドを身近に感じる瞬間が訪れるたび、私は自分の感情をうまく抑えられなくなるのです。
マーカス巡査の表情が和らぎました。
「申し訳ありません。悲しい思いをさせるつもりはなかったんです」
「いいえ」と、私は慌てて答えました。「そんなことありません」
ケイレブは彼の顔をじっと見つめていました。
「パパ、そこで歌っていたの?」
「そのギターでね。私の記憶が正しければだけど」
ケイレブはギターを強く握りしめました。
「これはパパのギターです」
マーカス巡査はうなずきました。
「じゃあ、間違いないね。私もあの曲を聞いたことがあるんだから」
彼はスマートフォンを取り出しました。
「そういえば、見せられるものがあるかもしれません」
写真を何枚かスクロールしたあと、私たちに古い写真を見せてくれました。
青少年センターの折りたたみ椅子に座り、ギターを抱えたデイビッド。その周りには、15人ほどのティーンエイジャーたちが集まっていました。
夫は笑っていました。
病気でやつれた姿でも、疲れ果てた姿でもありません。健康的で、幸せそうなデイビッドでした。
ケイレブが私の腕をつかみました。
「ママ……」
「見えているわ」
そんなふうに笑うデイビッドを見ていると、慰められる一方で、胸が痛みました。
マーカス巡査は写真を私に送ってくれました。
それから、こう提案してくれました。
「今度、2人でセンターに来てみませんか?」
ケイレブは顔をそらしました。
「わからない」
「無理にとは言いませんよ」とマーカス巡査は言いました。「でも、お父さんを覚えている人たちが、あそこにはたくさんいます」
その日の夜、ケイレブは1時間近く、その写真を見つめていました。何度も拡大して、一人ひとりの顔を確認していたのです。
やがて、息子は尋ねました。
「どうしてパパは僕たちに話してくれなかったんだろう?」
「センターのことなら、1、2回話してくれたことはあったと思うわ」
「でも、こんなことは話してくれなかった」
「そうね」
長い沈黙のあと、ケイレブは小さな声でつぶやきました。
「僕、パパのことなら何でも知ってると思ってた」
その言葉は、思っていた以上に私の胸に刺さりました。
「誰かのことを、すべて知るなんて難しいのよ」と私は言いました。「でも、これから知ることのできるパパの一面も、きっとあるんじゃないかしら」
次の土曜日、私たちは青少年センターを訪れました。
駐車場に着いたところで、ケイレブは行くのをやめようとしました。
「帰ってもいいのよ」と私は言いました。
息子は入口を見つめました。
「いや……」
「本当に大丈夫?」
「わからない」
私は思わず微笑みました。
「正直でいいわね」
ケイレブはため息をつきました。
「とにかく、行ってみよう」
中に入ると、マーカス巡査が私たちを出迎えてくれました。
どうやら、私たちが来ることを何人かに伝えていたようです。
その「何人か」というのは、現役のティーンエイジャーや、かつてこのプログラムに参加していた若者たちを含む、20人近くの人たちでした。
最初に近づいてきたのは、ターシャという若い女性でした。まだ20歳くらいにしか見えません。
「あなたがデイビッドさんの息子さん?」
ケイレブがうなずくと、彼女は微笑みました。
「彼は本当に素晴らしい人だったよ。まあ、ちょっと面倒くさい人でもあったけどね」
ケイレブは目をぱちくりさせ、私は思わず笑ってしまいました。
ターシャはにっこりしました。
「いや、本当の話。とにかく、何でも見逃してくれない人だったの。私が14歳だったころ、ネットに何でも投稿していたんだ。通っている学校も、住んでいる場所も、放課後にどこへ行くかもね。そしたら、あなたのお父さんが何度も『それは危ないぞ』って言うの」
「それで、どうなったの?」とケイレブが尋ねました。
「私は、彼に『おじさんは古い人間だね』って言ったの」
ケイレブは笑いました。
「それもパパらしいね」
ターシャは真剣な表情になりました。
「そのあと、16歳だと名乗る大人の男が私にメッセージを送ってくるようになったの。あなたのお父さんは、私がその男に会ってしまう前に、何が起きているのか気づくのを手伝ってくれた」
私の笑顔が消えました。
「お母さんが警察に通報するのも手伝ってくれたんだよ」と、彼女は続けました。「彼が正しかったって認めるのは、すごく悔しかったけどね」
ジョーダンという別の若者も、デイビッドとの思い出を話してくれました。
クラスメートたちが彼を辱めるために偽のアカウントを作ったとき、デイビッドが支えてくれたというのです。
「学校に戻りたくなかったんだ」とジョーダンは話しました。「そんなとき、あなたのお父さんが、ちょうどあそこに座って話を聞いてくれたんだ」
彼は年季の入ったソファを指さしました。
「お父さんはこう言ってくれた。『意地悪な人たちのせいで、自分を見失うな。あいつらは、自分たちがしたことのせいで君が隠れてしまうのを望んでいるんだ。本当に恥じるべきなのは、あいつらのほうだ』って」
ケイレブは真剣に耳を傾けていました。
ジョーダンは続けました。
「学校に相談するのも手伝ってくれたし、そのあとも何度も様子を気にかけてくれたよ」
ほかの人たちも、それぞれの思い出を語ってくれました。
デイビッドは、ティーンエイジャーたちにアカウントの安全な管理方法を教えたり、保護者たちに見慣れないアプリの使い方を説明したり、加工された写真が自分の容姿に対する考え方をどれほど歪めてしまうかを教えたりしていたそうです。
不安や、他人と自分を比べてしまうことについても話していました。
常にインターネットにつながっていても、心の底から孤独を感じることがあるのだということも。
やがて、マーカス巡査が古いギターを持ってきました。
「これも、お父さんの活動の大切な一部だったんだよ」
ケイレブは首をかしげました。
「音楽?」
「そう。みんなが講義に飽きてしまったときには、特にね」
後ろのほうから、少年の声が飛んできました。
「そんなに上手じゃなかったけどね!」
みんなが笑いました。
ケイレブも一緒に笑いました。
何か月もの間、私が聞いていなかった、心からの笑い声でした。
帰りの車の中で、息子は10分ほど黙っていました。
それから、ぽつりと尋ねました。
「パパは、あの人たちが自分のことを覚えていてくれるって、わかっていたと思う?」
「わからないわ」
「僕は知らなかった」
息子は窓の外を流れていく家々を見つめていました。
「誰かが死んだら、その人がしてきたことも全部……そこで終わってしまうと思ってた」
「その人が肉体的にそばにいなくなるのは本当よ」と私は慎重に答えました。「でも、その人が周りの人たちに与えた影響まで消えてしまうわけじゃないの」
ケイレブはうなずきました。
その日の夕方、息子は自分からダイニングテーブルに座り、一緒に夕食を食べてくれました。
3日後、私が仕事から帰宅すると、リビングにケイレブの友達のノアがいました。
私はうれしさのあまり、息子を困らせそうになりました。
「あら、ノア! 来てくれてうれしいわ!」
ケイレブは私をにらみました。
「うわ、ママ……」
「何よ?」
「変だよ」
「ただ挨拶しただけでしょ」
「まるで戦争から帰ってきた人に話しかけるみたいだった」
ノアは笑いをこらえるのに必死でした。
それ以来、ケイレブは少しずつ元気を取り戻していきました。
もちろん、つらい日がなくなったわけではありません。
父の日の話題になると、また心を閉ざしてしまうこともありました。デイビッドのギターを抱えたまま、弾かずに座っている姿を見かけることもありました。
それでも、息子は再び人と話すようになりました。
ある日、先生からメールが届きました。ケイレブが自分からクラスのプロジェクトのリーダーに立候補したというのです。
週末にはサッカーのグループにも参加するようになりました。
さらに、私と一緒に料理も始めました。もっとも、息子の主な目的は、私のパスタソースには「本格的な改善が必要だ」と指摘することだったようですが。
ある晩、玉ねぎを切っていると、ケイレブが言いました。
「パパって、よく玉ねぎを焦がしてたよね」

「何でも焦がしていたわよ」
「本人は『キャラメリゼしてるんだ』って言ってたけど」
「ただの嘘ね」
ケイレブは大笑いし、包丁を置かなければならないほどでした。
数か月後、青少年センターで地域の募金イベントが開催されることになりました。
マーカス巡査は、ケイレブに演奏してほしいと頼みました。
最初、息子は断りました。
ところが2週間後、気持ちが変わりました。
イベント当日、私は会場の後方に立ち、デイビッドのギターを抱えて小さなステージに上がる息子を見守っていました。
マーカス巡査が私の隣に立ちました。
「最後まで歌い切れると思いますか?」と彼は小声で尋ねました。
「わからないわ」
ケイレブは緊張した様子でマイクの位置を調整しました。
そして、私を見つけました。
今度は天井に目を向けることなく、笑顔を見せてくれました。
「これは、パパが一番好きだった曲です」と、息子は会場に向かって話し始めました。
「前は、パパがもういないから、この曲を聞くと悲しくなるんだと思っていました」
少し間を置いて、息子は続けました。
「でも今は、パパが確かにここにいたんだって、思い出させてくれる曲なんだと思います」
そして、演奏を始めました。
息子の声は、最後まで安定していました。
一度も歌を止めることなく、最後まで歌い切りました。サビに差しかかると、客席にいた何人かも、静かに一緒に歌い始めました。
私は、もちろん泣いていました。
でも、ケイレブは泣きませんでした。
息子は照明の下に立ち、父親の歌を最後まで歌い切りました。
3年ぶりに初めて、息子がデイビッドを思い出す姿を見ても、悲しみの中へ消えていくようには感じませんでした。
それは、息子が再び人生へと歩き出す道を見つけた瞬間でした。
あなたは、ケイレブが心を閉ざしていたのは、父親のことを忘れてしまうのが怖かったからだと思いますか? それとも、思い出すことがあまりにもつらかったからだと思いますか?
